海外トレイルラン・サイクリングの専門店 フィールズオンアース BLOG https://www.fields-on-earth.com ja Travel Blog 2019年ツールドフランス観戦ツアー アルプス山岳ハイライト 「世界遺産の橋ポン・デュ・ガール」 http:///blog/item/12156.html http:///blog/item/12156.html フランスで有名な橋は何を思い浮かべますか? パリのポン・ヌフ橋はレオス・カラックスの映画『ポン・ヌフの恋人』(1991)の舞台で有名でしょうし、同じくパリのポン・デザール橋は恋人たちが南京錠を掛け、永遠の愛を誓うことで有名です。しかし、恐らくフランス、そして世界でも有名な橋は、今回のツールドフランス第17ステージのスタート地点であるポン・デュ・ガールではないでしょうか。今回のツールドフランス観戦ツアー・アルプス山岳ハイライトでは、この世界遺産の橋も訪問する予定です。 南仏の都市ニームとアヴィニョンの間を流れるガルドン川に架けられたこの橋の歴史は古く、紀元前の時代には建設が進んでいたといわれています。 当時この橋は水道橋として使われていました。その時のニームはローマ帝国の支配下に置かれており、近くにあるユゼフという町にある水源をニームに引っ張ってくるために、この橋は建設されました。 この橋は三層からなっています。下層は6つのアーチ、中層は11のアーチ、そして実際に水源を運ぶ上層は35のアーチによって構成されており、高さ約50メートルに及ぶこの建築物は、当時のローマ帝政時代の建築技術の高さを窺うことができます。 1985年にはユネスコ世界遺産に認定され、フランスにおける最も有名な景勝地となって居ます。またポン・デュ・ガール内は見学することができ、当時のローマ帝政時代の文化を学べる場所にもなっています。 また夜にはライトアップされ、荘厳な雰囲気を醸し出しています。 ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Wed, 13 Mar 2019 00:00:00 +0900 2019年ツールドフランス観戦ツアー アルプス山岳ハイライト 「古代ローマの街ニーム」 http:///blog/item/12155.html http:///blog/item/12155.html 2019年のツールドフランスの第2休養日と、第16ステージのスタート・ゴール地点であるニーム。今回のツールドフランス観戦ツアー・アルプス山岳ハイライトでは、この古代ローマ風の街を観光しつつ、極めて稀なスタート・ゴール地点を同日同所で観戦できます。南仏の陽光に誘われながら、ニームの歴史と魅力をご紹介します。 南仏の都市ニームの歴史は古く、紀元前にまで遡ります。元々ケルト人が住んでいたこの都市は、前120年ごろに古代ローマによって征服され、それ以来ローマ帝国の属州として栄えるようになりました。現在のニームには古代ローマの繁栄を示す遺構が残されています。 例えば街の約50キロ離れたところに位置するポン・デュ・ガールは、ユゼスという街の水源からニームに水を供給するために、約2000年前造られた水道橋です。その佇まいは見るものを圧倒させるものです。なおポン・デュ・ガールは今回のツールドフランスの第17ステージの舞台であり、今回のツアーでも訪問予定です。 この街のランドマークといえば、やはりメゾン・カレでしょう。紀元前20年ごろに建立されれたこの神殿は、ローマ帝政初期を象徴する建築物として有名です。この建築物の外観は、どちらかといえばギリシア建築を偲ばせるものですが、これは当時のローマ帝政初期の建築が、ギリシア建築の影響を大きく受けていた証拠です。 メゾン・カレと同様ニームを代表するものはコロシアムです。紀元一世紀ごろに完成したこのコロシアムは、今なおその威厳を保っています。古くは剣闘士同士、または剣闘士と猛獣がこの場で闘い、常に命のやり取りをしていました。なお、彼らのまさに命を懸けた闘いは、ローマ帝国がキリスト教を国教と定めて以降、下火になっていったと伝わっています。 ニームのコロシアムでは現在、闘牛やコンサートが行われている場所になっています。元々コロシアムはラテン語でアンフィテアトルム、英語ではアンフィシアターで、意味は円形劇場という意味です。 剣闘士の時代は終わりましたが、今なおニームのコロシアムは観客が熱くなれる場所であることは変わりません。 ニームを散策するなら公園に行くこともお勧めです。フォンテーヌ庭園には水路が張り巡らされ、当時の趣を残しつつ、美しい緑に囲まれた庭園です。庭園を通ると見えてくるのがマーニュ塔です。この塔からニームを一望することができます。古代ローマ時代から変わらない景色を見てみませんか。 ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Tue, 12 Mar 2019 00:00:00 +0900 4月28日 アフターパーティー with Team Asics Fuji Spirit グザビエ・テヴナール選手 募集開始 http:///blog/item/12321.html http:///blog/item/12321.html  【4月28日 アフターパーティーWith Team Asics FUJI SPRIT】 募集中! 4月22日締め切り 4/28 日曜日 UTMF表彰式終了後、UTMB3回優勝グザビエ・テヴナール選手、グランレイドレユニオン2回優勝ブノワ・ジロンデル選手、エコトレイルパリ2回優勝シルヴァン・キュソ選手をお迎えして、アフターパーティーを開催いたします。    世界のトップランナーと交流を深めるビッグチャンス!またと無い機会です。是非UTMF終了後ご参加ください。「先着限定70名様」でのご案内です。  Team Asics Fuji Sprit選手を囲んでの写真撮影や、サイン会、選手たちとの交流イベントや、プレゼントもご用意予定です! 普段なかなか見られない、グザビエ選手の素顔や意外な一面を見られるかも?? UTMFに参加されていなくても、パーティーのみのご参加も大歓迎です。 場所:Peace河口湖 2階(UTMF表彰式会場、大池公園から約1.1㎞)          山梨県南都留郡富士河口湖町 船津 4224-3 ※会場専用の駐車場はございません。近隣のパーキング、もしくは大池公園からなるべく徒歩でお越しください。河口湖駅から約1.2㎞です。   時間:4月28日 11:00~13:30頃予定 (UTMFの表彰式、閉会式の時間により多少前後する場合があります) お申し込み費用: 男性1名様 8,500円  女性1名様 7,500円    先着限定70名様で締切となります。 ※ブッフェランチ、フリーソフトドリンク、 ※アルコール類はバーカウンターにて別途現地ご精算となります。 【お申し込み手順】  お申込期間: 3月13日~4月22日 (定員になり次第終了)  下記お申し込みフォームをご記載いただき、送信ボタンを押してください。 メールにてお申し込み、お支払いのご案内をお送りいたします。 読み込んでいます... 【スペシャルゲスト】 ☆Xavier Thevenard グザビエ・テヴナール選手 2010 CCC 優勝 2013 UTMB 優勝(1回目) 2014 TDS 優勝 2015 UTMB優勝(2回目) 2016 OCC優勝 2018 UTMB優勝(3回目)   ☆Benoit Girondel ブノワ・ジロンデル選手 (写真右、2018グランレイドレユニオン同着優勝) 2014 Templier 100km 優勝 2016 Templier 100km 優勝 2017 グランレイドレユニオン 優勝 2018 グランレイドレユニオン 優勝   ☆Sylvaine Cussot シルヴァン・キュソ選手 2018 UTアンコールワット 優勝 2017 エコトレイル・ストックホルム優勝 2016.17 エコトレイル・パリ優勝 Fri, 08 Mar 2019 16:25:21 +0900 GW必見!  2019年ギリシャ・コルフ・マウンテントレイル ③観光地から見る歴史 その2 プリンセス・シシ―ことエリーザベトとアヒリオン宮殿 http:///blog/item/12236.html http:///blog/item/12236.html 今年のゴールデンウイークの予定は決まりましたか?今年は最大十連休!少し遠出をして海外旅行をご検討されてはいかがでしょう?今回もご紹介するのは、ギリシャ・コルフ・マウンテントレイル。レベルに合わせてレースをご選択ください。お子様用のキッズレースもありますので、お一人でも、ご家族でも楽しめます。 前回から続く「観光地から見る歴史」今回はその2として、引き続きコルフ島の歴史をみていきましょう。コルフ島で最も有名なものの一つ、アヒリオン宮殿についてご紹介します。 コルフ島の中心都市ケルキラから南に約10キロの場所に、白を基調とした美しい宮殿が建っています。これがプリンセス・シシ―ことオーストリア皇后エリーザベト(日本語慣例ではエリザベート)が19世紀末に建てたアヒリオン宮殿です。 19世紀末に建てられたこの宮殿には、多くの観光客が訪れ、コルフ島の一大観光地の一つとなっています。それではここには一体何があるのでしょうか。まずは下の写真を見てみましょう。 トロイア戦争の英雄アキレウスです。表情は苦悶に満ちており、足を引きずっているように見えますね。トロイア戦争の終盤、パリスによって射たれた矢が、アキレウス唯一の弱点である踵に刺さり、まさに絶命しようとしている瞬間を表現しているのがこの銅像です。この他にもアキレウスに関する銅像や絵画が、この宮殿に多く展示されています。それもそのはず、アヒリオン宮殿(Achilleion)という言葉はアキレウス(Achilleus)から来ているからです。 アキレウスの他にもギリシャ神話に関する展示が多くあります。 分かりにくいですが、この銅像は9体あります。これはギリシャ神話の女神たちミューズの銅像です。彼女らはゼウスと記憶の女神ムネモシュネがもうけた9人姉妹で、それぞれ歴史、抒情詩、叙事詩、恋愛詩、喜劇、悲劇、舞踊、賛歌、天文を司る女神として、古くから信仰の対象となっています。 このようにアヒリオン宮殿は、外観こそヨーロッパ風ではありますが、宮殿内はギリシャ神話をモチーフにした銅像や絵画が多く展示されています。伝統的なギリシャ文化と伝統と、近代的なヨーロッパ建築が融合した空間が、アヒリオン宮殿といえますね。 さて、アヒリオン宮殿は、プリンセス・シシ―ことオーストリア皇后エリーザベトが、避寒のために19世紀末に建てたものです。オーストリア帝国の首都ウィーンの冬は寒いですから、温暖なコルフ島とを避寒地として選んだのでしょう。しかし、避寒のためだけにエリーザベトはコルフ島に滞在していたわけではありません。これは、エリーザベトの波乱に満ちた人生を見ていくとよく分かります。 日本ではエリーザベトはあまり有名ではありませんが、ヨーロッパでは絶大な人気を誇っています。その所以は1955年に公開されたロミー・シュナイダー主演の映画、『プリンセス・シシ―』によるものです。シュナイダーの美貌と、天真爛漫なシシーの姿は、ヨーロッパ中で人気になり、エリーザベトのイメージを決定づける要因になりました。しかし映画と現実は似て非なるもの。エリーザベトの人生は、どちらかといえば悲劇的なものでした。 1839年、バイエルン王国の一公爵の次女として生を受けたシシ―ことエリーザベトは、自由主義者の父マクシミリアンの元、王位継承とは全く縁のない気ままな生活を送っていました。ただ一つ他とは違うことは彼女の美貌にあります。そんな彼女に転機が訪れたのは、時の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世が彼女を見初め、求婚を申し出たときです。皇帝の申し出を断るわけにもいかず、エリーザベトは十六歳の時に皇帝の妻となり、皇后エリーザベトとしてウィーンに行くことになりました。 彼女の試練はここから始まりました。生来の不勉強な正確と姑ゾフィー大公妃の執拗な嫌がらせ、そして宮廷の窮屈な生活も相まって、エリーザベトは次第に公の場所に姿を現すことはなくなり、何かと理由をつけてはウィ―ンを離れるようになりました。その一つがアヒリオン宮殿です。 彼女の試練は終わりません。1889年、息子であるルドルフ皇太子が自殺(一説には暗殺とも言われています)したのです。息子の自殺は彼女にとって最もショックな出来事でした。これ以来、息子の死を悼むため、黒の喪服を着るようになり、終生喪服を脱ぐことはなかったと伝えられています。そして1898年、滞在先のスイス・ジュネーブのレマン湖でイタリア人アナーキストであるルイージ・ルケーニに暗殺され、60歳の生涯を終えました。 (アヒリオン宮殿ではエリーザベトの銅像が私たちを迎え入れてくれます) エリーザベトはこの温暖なコルフ島を気に入っていたのでしょう。晩年はアヒリオン宮殿で隠遁生活を送るようになりました。もちろん隠遁生活を送っていたからといって、彼女は怠惰な生活を送っていたわけではありません。宮殿の中に入るとわかりますが、宮殿内は至る所に鏡があることがわかります。エリーザベトはその生涯を通じて体重、体系をキープし続けており、鏡のある生活を送ることで常に自身の体を見ていたと伝えられています。 絶世の美女のであったシシ―ことオーストリア皇后エリーザベト。ウィーンから遠く離れたコルフ島・アヒリオン宮殿では彼女の人生を垣間見ることができる場所ともなっています。観光地から見る歴史を紐解いてみると、コルフ島は、古代ギリシャと近代ヨーロッパの二つの魅力が融合した場所なのです。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 5/2ー6(7) ギリシャ・コルフマウンテントレイル参加ツアー Thu, 28 Feb 2019 00:00:00 +0900 GW必見!  2019年ギリシャ・コルフ・マウンテントレイル ②観光地から見てみる歴史 その1 コルフ島?ケルキラ島?どっちの名前が正しいの? http:///blog/item/12233.html http:///blog/item/12233.html  前回に引き続ごき紹介するのはギリシャ・コルフ・マウンテントレイル。今年のゴールデンウイークの最大10連休は、ギリシャ・コルフ島で過ごしてみませんか?レベルに合わせてレースをご選択ください。お子様用のキッズレースもありますので、お一人でも、ご家族でも楽しめるツアーとなっています。 今回ご紹介するのはコルフ島の観光地!日本ではあまり馴染みがないコルフ島ですが、観光地を巡るうちにコルフ島の歴史を紐解くことができ、この島の魅力がわかってくるでしょう。 さて、コルフ島のもう一つの名前があるのはご存知でしょうか。コルフ島はイタリア語、もしくは英語表記であり、ギリシャ語ではコルキラ島と呼ばれています。ではなぜこのように二つの名前があるのでしょうか。まずコルフ島の旧市街を見てみましょう。 コルフ島の旧市街の特徴は、様々な時代、国の建築物が立ち並んでいることにあります。 そもそもコルフ島は地理こそイオニア海、イオニア諸島に位置しますが、アドリア海の入り口にも位置しています。そのため太古のギリシャ・ローマ時代からコルフ島を海洋交通と重要な戦略要衝とみなされ、様々な国がこのコルフ島を手に入れようとしていました。元々はギリシャの一つポリスであったコルフ島ですが、ギリシャがローマ帝国に服従した後は、帝国の一都市になりました。 そののちヴェネツィア共和国の領土になってからは、現在の旧市街が形作られるようになりました。コルキラ島がイタリア語読みのコルフ島と言われるようになった理由は、長い間ヴェネツィア共和国領だったためです。 旧市街を歩いてみると、狭い路地が多いことに気づきます。これは敵が攻めてきたとき、大人数で隊列を組めないための工夫といえます。コルフ島は海洋交通の要であると同時に、要塞化された島だと分かりますね。 上の写真はコルフ島旧市街の北西にある、ネオーフルリオと呼ばれる要塞です。ギリシャ語で「新しい要塞」を意味するこの要塞ですが、実は16世紀のヴェネツィア共和国時代に建てられたものです。確かにギリシャ様式の面影はありますが、16世紀に建てられたものなので、イタリア建築の名残が残っている要塞です。なんだか不思議ですね。 もう一つ大きな要塞がコルフ島にはあります。パレオーフルリオです(下の写真をご覧ください)。ギリシャ語で今度は「古い要塞」と意味されるのですが、この要塞もヴェネツィア共和国時代に建てられたものです。ただパレオーフルリオにはいかにもギリシャ風の建物があります。しかしこの建物、はヴェネツィア共和国時代に建てられたものではなく、コルフ島がイギリス領になった時に建てられたものです。これにもコルフ島を巡る歴史を紐解かねばなりません。 ヴェネツィア共和国はナポレオンのイタリア戦役によって消滅しました。その後しばらくはコルフ島はフランス領になりましたが、ナポレオン戦争の処理を取り決めるウィーン会議によって、コルフ島はイギリス領になった歴史があります。この建物、アギオスゲオルギウス教会(セントジョージ教会)はその時に建てられたものです。 6本のドリス式の柱を持ち、古代ギリシャの趣を残す古典主義様式であるこの建物は、一見するとギリシャ時代に建てられたものだと勘違いしてしまいます。しかし、この勘違いを生み出すほど島の周囲に溶け込むことが大事なのでしょう。なぜなら、時の為政者がコルフ島の長い歴史を尊敬し、太古の伝統と自国の文化が融合した証拠が、この勘違いを生み出すのですから。 ここまで長くなりましたが、まだコルフ島の魅力はまだ半分しかお伝えできていません。次はコルフ島で最も有名なアヒリオン宮殿と、プリンセス・シシ―ことオーストリア皇后エリーザベトの歴史をご紹介します。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 5/2ー6(7) ギリシャ・コルフマウンテントレイル参加ツアー Wed, 20 Feb 2019 00:00:00 +0900 GW必見!  2019年ギリシャ・コルフ・マウンテントレイル ①コルフ島ってどこ? http:///blog/item/12220.html http:///blog/item/12220.html 2019年のゴールデンウイークは最大十連休!お一人で、ご友人と、ご家族と海外旅行ができるチャンスです! 今回ご紹介するのはギリシャ・コルフ・マウンテントレイル。レース開催日がGWと重なっており、またヨーロッパのバカンス期間と被っていないため、快適なご旅行ができるでしょう。 また今回のマウンテントレイルはレベルに合わせてレースをお選びいただけます。キッズレースもありますので、これまでに参加されたお客様も、参加したくてもできなかったお客様も、ご家族のお客様も、この機会に是非ご検討されてはいかがでしょうか。 今回、ギリシャのコルフ島で開催されるマウンテントレイル。ギリシャで有名な島といえばクレタ島、ミコノス島、サントリーニ島などありますが、コルフ島はまだまだ日本人にとって馴染みのない島でしょう。しかしこの島はクレタ島やミコノス島に引けを取らない素晴らしい魅力を持っている島です!今回はコルフ島の魅力を何回かに分けてご紹介したいと思います。 それでは日本人に馴染みのないコルフ島。そもそもコルフ島はどこにあるのでしょう? まずギリシャの地図を見てみましょう。地図の白い箇所がギリシャです。 ご覧の通り、ギリシャは日本と同じように、大小様々な島で構成された国です。コルフ島はギリシャ西部イオニア海に浮かぶイオニア諸島に属し、アルバニアの国境に近く、どちらかといえばイタリア寄りに浮かぶ島であることが分かりますね。またコルフ島はイタリア語から来ている名前であり、ギリシャ語ではケルキラ島、ラテン語ではコルキラ島と呼ばれています。 コルフ島が日本人にあまり馴染みがないのはその位置かもしれません。中央の星印である首都アテネから地図の右半分がエーゲ海であり、ミコノス島、クレタ島、サントリーニ島などはエーゲ海に浮かぶ島です。コルフ島が日本人にとってあまり馴染みがない理由が少しわかりますね。コルフ島はエーゲ海に属してなく、ギシリャ旅行でよくある周遊ツアーに組み込むことが難しいのです。 さて、コルフ島の魅力は、美しい海と、快適な気候にあります。 気候は典型的な地中海性気候で、夏は雨量が少ないながらも、程よい湿度が保たれており、大変過ごしやすい気候になっています。そのため観光シーズンになるとヨーロッパ中から観光客が訪れます。しかし日本人やアジア人にはあまり知られていないため、わたしたちにとっては穴場スポットであることは違いありません。また今回のコルフ・マウンテントレイルはGW中に開催されることもあり、ヨーロッパからの観光客はハイシーズンよりは少なくなっています。 今回はコルフ島はどこにあるかをご紹介しました。次回は観光スポットを巡っていきましょう。そうすればコルフ島の歴史が分かってきます。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 5/2ー6(7) ギリシャ・コルフマウンテントレイル参加ツアー Tue, 19 Feb 2019 00:00:00 +0900 2019年ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 「世界で一番小さな街 フム」 http:///blog/item/12215.html http:///blog/item/12215.html  2019年のウルトラトレイルワールドツアー・イストリアの丁度100キロの場所にエイド地点があります。この場所はフムと呼ばれる街のですが、実はこの街、世界で一番小さな街として有名な観光地であり、日本はもとより、世界中から人々が訪れる街となっています。 フムは小高い丘にあり、丘を登るために細い街道を進む必要があります。オリーブ畑、ワイン畑を横目に進んでいくと、街というよりもむしろ村といった方がいいかもしれない、小さな街フムに到着します。人口20人ほどのこの<街>は、ギネス記録に「世界で一番小さな街」として登録され、少しずつ知られるようになりました。 この街の特徴は全てが石でできたものだといえるのではないでしょうか。約1000年前からある石畳が街を結び、イストリア地方独特の石造りの建築物が、小さい街を形成しています。現代から孤立したかのようなこの街に一度足を踏み入れると、まるで中世の世界にタイムスリップした感覚を持つでしょう。 確かに100マイルを走るウルトラトレイルは過酷なレースです。しかし過酷なだけではありません。足がまさしく棒になり、視線は常に自分の足と道に落ちてしまいます。そのような時にこそ目線を上げてみましょう。私たちが未だ見たことがない、素晴らしい景色が眼前に広がっています。その景色をみれば、少しずつですが、自然と足は軽やかになり、前を向いて走りだすことができるでしょう。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 4/10ー15 ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 Wed, 13 Feb 2019 00:00:00 +0900 2019年ツールドフランス観戦ツアー ピレネー山岳ハイライト 「『良王』アンリ4世の生まれた街ポー」 http:///blog/item/12154.html http:///blog/item/12154.html 2019年のツールドフランスの第13ステージの舞台であるポー。この街は今回の個人タイムトライアルの舞台となっています。今回のツールドフランス観戦ツアー・ピレネー山岳ハイライトでもこの街に訪問する予定ですが、日本ではあまり有名な街だとは言えません。しかしあまり馴染みのないこの街、実は歴史の教科書で必ず見たことがあるあの王様が生まれた街なのです。 ピレネー山脈の渓流ポー川を臨む、この古い街にそびえるのが、ナントの勅令を出し、ユグノー戦争を終結させた、「良王」アンリ4世出生の地であるポー城です。 ポー城は今現在国立博物館になっており、城内を見学することが出来ます。城自体はルネサンス期の様式を保っていますが、実は19世紀にフランス王ルイ・フィリップとナポレオン3世によって修復されたものです。しかし修復箇所を判別することは大変難しく、当時の修復技術の水準の高さがうかがい知れます。 もちろんアンリ4世に関する展示物も沢山あります。彼の肖像画を始め、彼の偉大な功績を称える歴史的資料が展示されています。カトリック教会とユグノーの抗争をナントの勅令によって平定し、フランス国統一を成し遂げた「良王」アンリ4世は、今もフランスにおいて最も敬愛される王様です。彼の足跡を辿ってみませんか。 2019年ツールドフランス観戦ツアーでもPau個人タイムトライアルステージを観戦予定。 オプションでこちらのPau城の見学が可能です! ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Thu, 07 Feb 2019 00:00:00 +0900 2019年ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 「巨人が創った天空都市モトブン」 http:///blog/item/12181.html http:///blog/item/12181.html 2019年のウルトラトレイルワールドツアー・イストリアのエイド地点の一つに、モトブンという小さな街があります。最近ではテレビやネットなどで少しずつ知られるようになってきたクロアチアですが、クロアチアの魅力的なスポットはまだ十分に知れ渡っているとは言えません。今回はイストリア地方全体の説明をしつつ、モトブンの魅力をご紹介します。 イストリア地方はアドリア海の北に位置し、西はイタリアにほど近く、北はスロベニアとの国境に接しています。 またこの地方は、小高い丘がいくつも連なる独特の地形で形成されており、丘の頂上部分に街が造られた歴史があります。その街が現在でも残っており、観光スポットとして人気です。 しかし、イストリア地方が観光スポットとして人気なのは、古い街が残っているだけではありません。小高い丘に街がある関係で、谷に雲海や霧が出ると、街自体が空中に浮かぶ天空都市のように見えることから、イストリア地方は特に近年観光客に人気のスポットとなりました。10月から4月の間によく霧が発生するので、もしかしたらウルトラトレイルの間にこの幻想的な景色が見れるかもしれません。 その数あるイストリアの天空都市の中でもモトブンは一番の人気を誇っています。人気になった理由は、この街に古くから伝わる民話から来ているかもしれません。 はるか昔、「ヴェリ・ヨジェ」という巨人がいました。この巨人がイストリアのモトブンを作り、そこから次々に他の天空都市を石を投げて作っていったと伝えられています。この巨人は今でもモトブンの住民に愛される存在として、広く知られています。 「ヴェリ・ヨジェ」が創った?モトブンの歴史は古く、約1000年前には街として完成しており、その建築物は今でも残っています。約1000年前に築かれた城塞の外壁も、今もなおこの町を守るように外周をぐるっと囲むように現存し、その姿は今もなお見る人を圧倒させます。この外壁の上はぐるっと1周歩いて回ることができます。そこから見える景色は、イストリア地方を象徴するオリーブやブドウ畑一望でき、また他の巨人が築いたの他の天空都市を見渡すことができます。 またモトブンはトリュフの一大産地として知られています。美しいパノラマを望むテラス席で食事を楽しむのもまた良いですね! なおモトブンは、今回のウルトラトレイルワールドツアー・イストリアでは128km地点のエイドとなり、全行程の約8割を終えて到着する街です。ゴールまであと少し、一番体力的にも精神的にもきつい場面ですが、モトブンの美しい景色は、私たちの心を軽くしてくれるでしょう。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 4/10ー15 ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 Wed, 06 Feb 2019 00:00:00 +0900 2019年ツールドフランス観戦ツアー ピレネー山岳ハイライト 「巡礼地ルルド」 http:///blog/item/12149.html http:///blog/item/12149.html 過去に何度もツールドフランスの舞台となったルルドは、残念ながら2019年の舞台となっていません。しかし今回のツールドフランス観戦ツアー・ピレネー山岳ハイライトでは、第11~14ステージを快適に観戦する為に、ここルルドに宿泊する予定です。さて、ルルドとは一体どのような街なのでしょうか。 フランス南西部、ピレネー山脈北部に位置する街ルルドは、中世から軍事的に重要な土地でした。街を見下ろす高台にある要塞は、ビゴール伯爵の城跡です。修復を何度も繰り返す中で残っていった11~12世紀のロマネスク様式や13~14世紀のゴシック様式の城壁の一部が残っており、高台からはルルドの街が一望できます。 しかしルルドが有名なのはこれだけではありません。ルルドは聖母マリアが出現した奇蹟の街としてキリスト教の聖地の一つであり、年間500万もの人が訪れる、カトリックの重要な巡礼地の一つになっています。 1858年、貧しい家庭育ちの少女ベルナデット・スービル―が洞窟の側で薪拾いをしているとき、若い貴婦人に出会いました。その女性こそ聖母マリアだったのです。 その後マリアは18回もベルナデットの前に出現し、9回目の出現のときにマリアのお告げによって、ベルナデットが触れた地面から泉が湧き出し、その水を飲んだ人は病気が治るという奇蹟がおきました。このマリアが現れたとされる洞窟の上には聖堂が建てられ、そして聖域となったのです。 この病気が治る奇蹟を求めて、フランスはもとよりヨーロッパ中から巡礼者が訪れるようになり、ルルドはカトリックにとって重要な街になりました。 現在のルルドにもこの洞窟は残っています。洞窟の奥へ進むと、白いマリア像があり、その左下には泉が湧き続けています。泉の水は自由に汲むことができ、奇蹟の水を口にすることができます。 ルルドは中世の軍事的要塞の遺産だけが見どころではありません。ルルドにおけるカトリックの歴史は複雑で、そして興味深いものです。宗教的奇蹟と現代が交差するこの「巡礼地」ルルドをベースにして、フランスを「巡礼」する選手たちを観戦することは、私たちも「巡礼者」であることに変わりないのかもしれませんね。 ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Fri, 25 Jan 2019 00:00:00 +0900 2019年ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 「トリュフに魅せられて」 http:///blog/item/12179.html http:///blog/item/12179.html トリュフといえば、その芳醇な香りにより、多くの人を魅了し、その香りを活かしてフランス料理などに使われる高級食材です。今回のウルトラトレイルワールドツアー・イストリアでは、オプションでトリュフテイスティングをお楽しみ頂けます。様々なトリュフを使った料理を口にすることができる、珍しいオプションツアーとなっております。 さて、高級食材であるトリュフの産地といえば、どこを思い浮かべるでしょう?まず美食の国フランスが有名で、次にスペイン、イタリアなどを思い浮かべますが、実はクロアチアのイストリア地方もトリュフの一大産地なのです。 イストリア地方でも特にトリュフの産地として知られているのが、イストリア地方北部の町モトブンです。この町ではトリュフを探すのは豚よりも、ワンちゃんを使う方が一般的です。年間を通し飼い主と犬が一丸となって、トリュフ狩りが行われています。黒トリュフはもちろんのこと、より貴重な白トリュフの収穫も盛んです。 黒トリュフも白トリュフもイストリア地方の名産であり、もちろん同時にレストランなどで食べることができますが、食べ方は黒トリュフから白トリュフ色の順番で食べる方がいいそうです。なぜなら、イメージでは白トリュフの方が優しい味のように思いますが、実際は逆で、黒トリュフより白トリュフの方がより強い香りがします。 その為、白トリュフから食べてしまうと、黒トリュフの風味が感じにくくなってしまうのだそうです。また、トリュフとともに楽しむのが、トリュフビール。見た目は普通のビールですが、グラスを回して匂いをかぐと、トリュフの芳醇な香りを楽しむことができます。 そしてトリュフ狩りには欠かせないトリュフ犬。ワンちゃんたちは厳重で高い柵に囲まれた庭で管理されています。なぜならトリュフを見つけられるようにトレーニングされたワンちゃんたちこそ、高級珍味のトリュフを見つけることができる存在だからです。ワンちゃんに何かあっては一大事なのです。 人間とワンちゃんの共同作業によって収穫されるトリュフ。しかし時にはワンちゃんが見つけたトリュフを食べてしまうこともあり、人間とワンちゃんが喧嘩してしまうこともあるそうです。トリュフの香りに魅せられているのは人間だけではないですね。 このツアーの詳細はこちら➡ 2019 4/10ー15 ウルトラトレイルワールドツアー クロアチア・イストリア地方 Wed, 26 Dec 2018 12:24:13 +0900 2019 1月14日 関西トレイル New Year 懇親会のお知らせ (申し込み〆切1月6日迄) http:///blog/item/12159.html http:///blog/item/12159.html   1月14日 17:30~19:30 関西トレイル New Year 懇親会 のご案内 先着100名様限定 【内容】 1月14日開催のトレイルランニングフォーラム 終了に合わせて同会場「京都、龍谷大学 深草キャンパス4号館 地下カフェ」にて、関西のトレイルランニングファンの皆様と、「関西トレイル New Year懇親会」を開催いたします。 世界のレースで活躍する 丹羽薫選手、吉住友里選手、大瀬和文選手、土井陵選手、西村広和選手をお迎えして「UTMBをはじめとする様々な魅力的な海外レース」をテーマに、海外トレイルレースのムービーを見ながら、食べたり飲んだりしながら海外レース情報交換の場として是非ご参加ください。 フォーラムで交流、受講できなかった選手とも、こちらの会で交流できればと企画しました。 トレイルランニングフォーラム終了時刻に合わせて 17:30~ 開場予定です。 「関西トレイル New Year 懇親会」のみのご参加も可能です。 イベントFacebookページ 【お申し込み】 参加費: 1名様 ¥3,000  当日参加:1名様 ¥3,500 ※先着100名様になり次第、〆切となります。予めご了承ください こちらのリンクより、お申し込み情報を送信ください。 お申し込み確認の返信メールをお送りいたします。 上記リンクのメーラーが立ち上がらない場合は info@fields-on-earth.com まで「ご氏名、電話番号」をご記載の上、メールにてお申し込みください。 フィールズオンアースより、イベントのご案内とお支払いフォームをメールにて返信いたします。 【場所・アクセス】 1月14日 17:30開場 ~19:30頃迄予定 龍谷大学 深草キャンパス 4号館地下カフェ 〒612-8577 京都市伏見区深草塚本町67 << お食事メニュー(予定)>> <オードブル> *サーモンの一口マリネ *ホタテ貝のサラダ *コールドミール盛り合わせ *鶏肉の香草焼き *あらびきウィンナー 2色ソース <温製料理> *ミックスピザ&ポテトフライ *鶏肉のから揚げ 紫蘇風味 *串カツ盛り合わせ *蒸しシュウマイ *サンドウィッチ盛り合わせ <<お飲み物(予定)>> <ソフトドリンク> *ウーロン茶 *コーラ *オレンジジュース <お酒類> *ビール *チューハイ *ハイボール等予定 Tue, 18 Dec 2018 16:11:16 +0900 12月23日 20:30~  海外ウルトラトレイルX’Mas ナイトのご案内(水道橋) http:///blog/item/12150.html http:///blog/item/12150.html  12月23日  20:30~22:30  フィールズオンアース × あしラボ × 大瀬和文 「海外ウルトラトレイルX'masナイト」を開催します! 先着20名様限定   UTMBをはじめ、レユニオン、アンドラ、トルデジアン、香港トレイル、クロアチア、オーストラリア、インドネシア、2019年新レースのギリシャ、ニューカレドニアのウルトラトレイルなどなど、海外ウルトラトレイルの映像を見ながら、100マイル攻略法や、あしラボ 小野寺先生のフォームぶった切りトークや、海外レース裏話、面白エピソードなどを語り合いましょう!  ナビゲート:フィールズオンアース.マイラー添乗員 久保信人 ゲスト: サロモン 大瀬和文 あしラボ 小野寺清人   【ご参加者全員にクリスマスプレゼントあり!】 ☆レユニオンやアンドラウルトラグッズなど ☆全員に海外レースツアークーポンをプレゼント!   【内容、参加費のご案内】 場所:東京都千代田区飯田橋3-10-9 アイガーデンテラス1F             タイレストランBASIL ☆フリードリンク(アルコール込み) ☆ブッフェ式フード込み(タイ料理ライトミール)  一般参加:男性 3000円 女性 2000円 開場 20:30~22:30 現地にてお支払いください。   【お申し込み方法】 こちらよりお申し込みください>>  ※メーラーが立ち上がらない場合は info@fields-on-earth.com まで ご氏名、電話番号をご記載の上お申し込みください。  締切12月20日 【ツアーリピーターの皆様】 ☆フィールズオンアース「海外トレイル参加ツアー」に3回以上ご参加の海外レースマスターの皆様  ☆ 無料にてご招待!!(要事前予約) ☆フィールズオンアース「海外トレイル参加ツアー」に2回以上ご参加の海外レースエリートの皆様 ☆ 男性2000円、女性1000円(要事前予約) Wed, 12 Dec 2018 16:42:44 +0900 2019年ツールドフランス観戦ツアー ピレネー山岳ハイライト 「世界遺産・城塞都市カルカッソンヌとピレネー伝統料理」 http:///blog/item/12148.html http:///blog/item/12148.html 「世界遺産・城塞都市カルカッソンヌ」 今回のツールドフランス観戦ツアー・ピレネー山岳ハイライトでは、ロングプランのお客様は、ツアーの最後にカルカッソンヌに宿泊、観光する予定です。 「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」という有名な格言があるように、この城塞都市は訪れるべき場所が沢山あります。モン・サン・ミッシェルに続き、フランスで年間来訪者数第二位となているこの街の魅力をご紹介します。 この街は大きく分けて二つに分けることができます。一つは、小高い丘にそびえる二重の城壁によって囲まれた城塞都市である「シテ」。そしてその「シテ」を取り囲む「下の町」の二つです。そしてこの二つの町を繋ぐのがポン・ビューと呼ばれる橋です。「シテ」の歴史は古く、古代から中世にかけて出来上がったものだと言われ、一度城内にはいると、まるでタイムスリップした感覚になります。 もちろんカルカッソンヌの魅力はその街並みだけではありません。19世紀この街はワインの交易地と栄えた関係もあり、城塞の周りにはブドウ畑が広がっています。もちろん、そこで作られるのはワイン。美味しいワインを味わいながら、これもまたカルカッソンヌ名物のカスレに舌鼓を打つことができます。 夜になると「シテ」はライトアップされ、幻想的な景色を楽しむことが出来ます。またこの街の周りには豊かな自然が残っており、これらの景色は、他の場所では味わうことができない、フランスの原風景を楽しむことが出来るでしょう。 ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Wed, 12 Dec 2018 14:53:54 +0900 2019年ツールドフランス観戦ツアー ピレネー山岳ハイライト 「中世の街アルビ」 http:///blog/item/12147.html http:///blog/item/12147.html アルビ 2019年のツールドフランスでは、アルビは第10ステージのゴール地点、休養日、そして第11ステージのスタート地点と、3日間ツールドフランスの舞台となる街です。ツールドフランス観戦ツアー・ピレネー山岳ハイライトでは、まずアルビに宿泊し、チームホテルを訪問後、第11ステージのスタートを観戦します。 現在は染物、ガラスなどの工業の町として栄えるアルビの歴史は古く、約10世紀の時代まで遡ることが出来ます。この時今のアルビを象徴する橋ポン・ヴューが造られたことにより、町は発展していくようになりました。 12世紀になると町はカトリック司教によって統治されるようになり、次々に教会や建築物が建てらるようになります。得に有名なのが200年に渡って建てられたセント・セシル大聖堂でしょう。この教会は、聖堂内の「最後の審判」の天井画と共に、ゴシック様式建造物の最も有名なものの一つとして数えられるようになりました。 中世から近世にかけてアルビの発展は最高潮に達しました。次々と建物が立ち、区画は整備されていきました。 これらの町並みは現在のアルビの旧市街で見ることができます。また旧市街の町並みを彩るのは、レンガでできた美しい赤であり、一度旧市街に入るとまるで中世の時代にタイムスリップした感覚を味わうことができるでしょう。 当時のアルビの栄光を偲ばせる町並みを見ながら、中世思いを馳せてみませんか。 ツアー全体の概要はこちら➡ 7/15-31ツール・ド・フランス観戦ツアー ピレネー、アルプス、パリ観戦 ツールマレー観戦と世界遺産の街アルビ、聖地ルルドなどを巡るツアーはこちら➡① 7/15(16)-21(22) ピレネー山岳ハイライト ニームやポン・デュ・ガールを巡り、ガリビエ峠とティーニュで選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡② 7/21(22)-28 アルプス山岳ハイライト シャンゼリゼ通りでゴールする選手を間近で観戦できるツアーはこちら➡③ 7/27-29 パリ・シャンゼリゼVIP席観戦 クリテリウムを観戦するツアーはこちら➡④ 7/29-31 クリテリウム・アプレツール観戦 Wed, 12 Dec 2018 10:48:45 +0900 2018 5/2-10 インドネシア・RINJANI100参加ツアー 参戦記④ リンジャニ山頂3726mからのダウンヒル~ドロップバックエイド http:///blog/item/11735.html http:///blog/item/11735.html   【重要なのは、いかに下りを攻略するか】 リンジャニ山頂3726mからは約20㎞にわたる長いテクニカルなダウンヒルが待ち構え、ここでの足の消耗をいかにセーブするかが非常に重要なポイントです。2時間半はひたすら下り続けることになります。 下りでも着地の瞬間にポールを突き、足にかかるウェイトをできる限り軽減するように心がけて、下りを進みます。大会前にモニターとしてSINANOのトレランポール13.6Proをご提供いただき、このポールにスタートからゴールまで助けられます。 非常に急でスリッピーな下りが続き、何度も転倒しかけますが、ポールでバランスを取り転倒を回避します。 火山灰の砂や砂利が大量に靴の中に侵入するため、一度止まって靴を開けると、大量に砂が出てきました。シューズが一気に軽くなります。ゲイターを付けていてもこれだけ砂が侵入するので、ゲイターがなかったらもっと大変だったはずです。 山頂から2700mのセンバルンリムまでは上ってきたコースと同じルートをピストンします。 コースは結構広さがあるので、私が下るころには多くの選手が昇ってきていましたが、あまり問題はなかったように感じます。登りで苦しめられた砂礫は、下りでは最高のクッションとなり、富士山の砂走を駆け降りるように、まるでオフピストスキーを楽しむように滑りながらザクザクと下ることでき、3726mからの超絶景ダウンヒルはまさに世界でここだけの贅沢なダウンヒルを楽しむことができます。 センバルンリムにはたくさんのグレーモンキーがやってきます。 沢山のかわいい子ザルもいて、みんなで残飯などを狙っていますが、そこまでアグレッシブではありません。 3726mからの絶景砂走ダウンヒル 下りは中腹までかなりテクニカルで急な下りが続きますが、半分を過ぎると緩やかになり気持ちよく走れるセクションが続きます。しかし標高が下がるとどんどん気温も上がり、途中でアンダーウェアなどはすべて脱ぎ、タンクトップのみに着替えます。 【ビーサンで2700mまで30㎏の荷物を運ぶポーター】 下りきるあたりでは、大勢のポーターとすれ違います。大会のエイドのために水などを竹のかごに入れて担いで歩荷して運搬しているのです。 皆ビーチサンダルで重さ約30㎏の竹製のかごに大量に物資を積んで上ってゆきます。 このレースを走らせてもらえる感謝を改めて感じます。 下りもペースをコントロールしながら、最小限の消耗で下ることができました。 下りきった場所の補給所はすでにかなり暑く、水を浴びて、塩分補給のためカップラーメンを少し食べます。 補給所を過ぎると、次の登りへ突入です。宿泊していたホテルのすぐ裏にそびえる山で、山頂は約1800mと低いですが、強烈な稜線の直登です。普段はほとんどハイカーも入らない山のようで、半分やぶ漕ぎのような細くて急峻な登りが続きます。まだまだ半分も来ていないので、極力消耗しないようにペースをコントロールして、進みます。 足の消耗を抑えるために、シナノの13.6ポールをめいいっぱい使い、腕の力を使って足を温存します。 【リンジャニよりも厳しい崖のような下り】 2つ目の山の山頂を過ぎると、素晴らしい絶景とともに、とんでもなく急な下りが現れます。 今まで日本の大会、いや海外の大会でもこれほどまでに急な下りは見たことがありません。 これだけ急な下りだと、足の筋力は確実にダメージを受けていき、後半厳しくなることは明白です。ポールがしなるほどに必死に下り斜面に突き立てて、ブレーキを駆けつつ崖のような下りを下ります。何度も滑って転倒しそうになりますが、その度にポールに救われます。 やっとの思いで、激烈な下りを下りきると、しばし田園の中の林道を進み、50㎞地点のドロップバックエイドに到着します。 ここのエイドで、「4位も日本人の渡部選手だよ」と教えられます。 TJARでも活躍する渡部祥選手が4位を進んでいるようです。「自分も頑張ろう!」と勇気づけられます。 中盤を4位で進んだ日本の渡部祥選手 【中間ドロップバックエイド】 エイドに到着するとイタリア人の先行していた選手がエイドにストップしています。どうも体調を崩しているようです。 気温が上がると脱水や食欲不振でハンガーノックになり体調を崩す選手が増えます。 ここのエイドは林道の道端に、キャンプテーブルを並べただけの私設エイドのような、簡易エイドでした。 「あれ?おかしいな、ここドロップバックエイドのはずでは?」 今まで私が走ったレースは、ドロップバックエイドは大抵大きな体育館などで、ドロップバックがずらりと並ぶエリアと、大きな補給エリアが設置されていることがほとんどでした。 こんな道端の小さなエイドはドロップバックエイドではないと、勝手に思い込んでいました。 しかし、道端の陰からスタッフがバックをどこからともなく持ってきてくれて、やはりここがドロップバックエイドなのだとわかります。 実は熱い晴天よりも雨天や寒い日のほうがウルトラトレイルの完走率は上がります。なので、快晴の今日は景色は最高ですが、コンディションとしては実は厳しいコンディションです。 ここにはあらかじめスタートで預けた、ドロップバックを受け取ることができ、自分の用意した食料や着替え、スペアシューズなどを交換できます。 ここでいかにしっかり後半に向けて体制を整えられるかが、非常に重要と考え、焦らずしっかり補給し、足のケア、後半に向けた補給の装備を心掛けます。 まずエイドのスタッフにカップラーメンの準備をお願いし、持参した「カレーメシ」にもお湯を入れてもらいます。カップラーメンとカレーメシができるまでの間、ソックスを履き替えます。もうリンジャニの火山灰と途中の川渡でシューズもソックスもドロドロです。足も火山灰で真っ黒。このままで走り続けると火山灰の砂がすれて足の皮がベロっとはがれてしまうため、できる限り落とし、水で洗い、大量にワセリンを塗りたくります。どんなに筋力が元気でも致命的な足の豆や水ぶくれができてしまうと、痛みで大幅にペースダウン、体のバランスも崩れひざ痛などを併発してリタイヤに追い込まれるリスクがあります。 なので足裏などのケアは多少時間がかかっても、ここでしっかり行います。 ワセリンを大量に塗り、新しいソックスに履き替え、カレーメシとカップラーメンを食べます。 この時は食欲も正常で、後半上げていけるのではないかと考えていました 唯一気がかりは、日焼け止めを塗っていたものの、大量の汗などで流れてしまったか、それ以上に日差しが厳しく、全身が激しく日焼けしてきておりヒリヒリしています。 日焼けも体力を消耗するため、本当はなるべく防がなくてはなりませんが、反面熱さのためになるべく薄着でいたいという思いもあり、なかなか難しい判断です。 さあ、いよいよ後半戦、ウルトラトレイルの本当の勝負がこれから始まります。 ・・・つづく Fri, 15 Jun 2018 19:08:29 +0900 2018 5/2-10 インドネシア・RINJANI100参加ツアー 参戦記③ 中盤編~3726mリンジャニ山頂へ  http:///blog/item/11679.html http:///blog/item/11679.html  【核心部、リンジャニ山頂3726mへアタック】 この2700mのセンバルンリム第2エイドから、いよいよこの大会の最も核心部といえる、リンジャニ山頂3726mへのアタックが始まります。 豪快な山の絶壁を縫うように、36㎞カテゴリーの選手たちのヘッドライトの列が連なります。 36㎞カテゴリーはゴール地点のセンバルン村から、この第2エイドで合流し頂上まで全カテゴリーで同じルートを通ります。すべてのカテゴリーがリンジャニ山頂に日の出から朝方に到着するようにスタート時間が設定されているからです。 その為、この第2エイドセンバルンリム2700mからは、全カテゴリーの参加者と一緒にリンジャニ山頂を目指すことになります。 ここからの登りはここまでの登りと比較にならない難しさとなります。 それは、富士山の砂走のように火山独特の砂礫の道が続き、一歩進んでも0.7歩は崩れて下がってしまうような道が延々と頂上まで続き、頑張っても頑張ってもなかなか前に進まないのです。 その為、ストックとゲイターはこのセクションは必携です。足だけで登るのは相当負担がかかります。 また標高も2800mを超えてくると、高度順応が十分ではないランナーは誤魔化しが効きません。覿面に酸欠の症状が現れ、減速せざる負えなくなります。 大幅にスローダウンしている選手をひたすら抜き続けます。 少しでも砂礫でのパワーロスを減らすために足場は慎重に選びます。ミスると一歩進むと二歩分下がってしまうこともあります。 センバルンリムから直登で巨大な火口を形成している外輪山の稜線に出ると、まさに火口のキワッキワの稜線を頂上まで進みます。この稜線まで出ると、始めはしばらく傾斜が緩くなり楽になりますが、頂上に向かってどんどん傾斜がきつくなり、頂上手前1㎞は場合によってはこの1㎞で1時間かかります。 頂上まであと1-2㎞のあたりで、空がだんだんと明るくなってきます。今日は快晴、予想外に風も少なく、すでに3000mを超えていますが、そこまで寒くありません。(とはいっても10度以下) この稜線は天候によってはものすごい突風が吹き抜ける時があるので、装備は十分な防寒装備が必要です。 3000mを超えると、視界を遮るものが一切ない、超絶景の火口のお鉢の稜線を上ります。 一歩進むと0.7歩崩れていく難解な砂礫の急登 36,60,100㎞のランナーが集結する頂上周辺。かなり幅広いため、すれ違いはそれほど難しくない。 【最高地点3726m リンジャニ山頂へ】 山頂手前3㎞あたりで、昨年の優勝者インドネシアのFandhi Achmad選手を抜かします。相当きつそうに息が上がっており、明らかに酸欠です。私は幸い問題なく上れており、ここでこのレース結構いいところまで行けるかもしれないという希望が湧きます。 スタートから約6時間50分かけて、リンジャニ山頂に到着。この時点で総合7位を告げられます。 23時30分にスタートし、ちょうど日の出の時間に山頂へ到着しました。 ここからの景色は形容しがたい絶景です。 壮大な火山のカルデラ湖、そしてロンボクの海、裾野のジャングル、センバルン村すべてを一望する360度のパノラマは本当に素晴らしい景色で、一瞬レースを忘れて景色に見入ってしまいました。 この20㎞で3726mから一気に約1000mまで標高を下げるため、どんどん気温が上がります。山頂付近は約5度でしたが、麓は約27度ぐらいまで上昇、これから中盤は熱さとの戦いです。 天気は快晴、本当に素晴らしい景色が広がります。 総合7位と、昨年の優勝者を抜かしたことで、完全にレースモードとなり、本当は頂上でゆっくり景色を堪能したいながらもすぐに下りはじめ、登りでは散々苦労させられた砂走を、まるでオフピストスキーのように掛け下ります。 下りは柔らかくて崩れやす砂礫の砂走は非常に足にも優しく、最高の絶景ダウンヒルです。 左にはリンジャニ山の、巨大なクレーターとカルデラ湖、右手には麓の村と美しい海が広がり、3726mから一望するそのパノラマはまさに唯一無二の超絶景です。 その絶景を眺めながら、ふかふかの砂礫トレイルを駆け降りていきます。 ここから約15㎞で2500mを下る壮大なダウンヒルです! つづく…   Fri, 15 Jun 2018 00:00:00 +0900 2018 5/2-10 インドネシア・RINJANI100参加ツアー 参戦記② いよいよスタート~前半編  http:///blog/item/11677.html http:///blog/item/11677.html インドネシア国歌をスタートエリアで斉唱し、いよいよ号砲が放たれます! 100㎞ 獲得標高9200m、最高地点3726m、過去完走者合計たった5名!という未知の世界へ走り出します! 【スタートからリンジャニ山頂3726m】 標高約600mのセナル村をスタートすると、すぐにロードの峠道を上ります。スタートは60㎞と100㎞のカテゴリーが同時にスタートするため、約500名が一気にスタート。 60㎞の選手はかなりのスピードで突っ込むため、ここでつられてしまうと特に100㎞の選手は地獄を見ます。周りにつられないようにとにかく抑えて進むことを心掛けます。 3000mを超えると、序盤に消耗しているといきなり高山病になったり、全く進めなくなるので、そこまではとにかく温存するペースでいく必要があります。 他の参加者の多くは息を切らせて突っ込んでいきますが、ここで息が切れているようでは3000mオーバーでペースダウン必至です。 コースはすぐにダートのダブルトラックに入りますが、軽自動車が通れるくらいの道幅なので渋滞の心配はあまりありません。歩きやジョグを混ぜつつ、スタートからストックを使って少しでも足の消耗を抑えつつ進みます。 序盤の山は、非常に日本の山に似た黒土の急登になります。木の根っこがたくさん張り出し、かなり大きな段差の登りが続きます。 センバルン村がかなり寒かったので、ファイントラックの長袖を着たのですが、森の中は風もなく予想外に暑く、序盤は半袖でよかったかな、と若干長袖を着た事を後悔します。 かなり汗をかいたので、脱水にならないように積極的に給水します。 1500mを超えてもまだかなり熱く、長袖を脱ぐべきか迷いますが、1800mを超えるころから装備がちょうどよくなり始めます。 スタートから標高2600mのセナルリム10.5㎞の第1エイドまでは、獲得標高2000m!を10.5㎞で一気に登り続ける鬼設定です。第1エイド手前2㎞は相当な急登になり、一部かなりザレていて、私のトレラン人生で初めてゲイターを付けます。ゲイターがないと火山灰の小石や砂が相当靴に入ってきますので、この選択は正解でした。 2300mを超えると、スタートからオーバーペースで飛ばしていった60㎞の選手たちがぞろぞろとペースダウンして落ちてきます。 スタートから想定外の暑さで1L分のフラスクがすっかり空っぽになってしまったので、第1エイドでしっかり補給します。エイドではポカリスウェットの粉の小袋が配られていて、脱水予防には大変助かります。ドライフルーツやチョコバー、バナナ、スイカ、カップラーメンなどが用意され、エイドの品ぞろえは十分です。 【再び-600mの激下りへ】 スタートの600mから2600mまで約2000mを上ってきましたが、この第1エイドのセナルリムからはリンジャニの巨大カルデラ湖まで一気に600mを再び下らされます。この下りのおかげで22㎞で3800mというありえない獲得標高を実現しています。 この下りが激烈にテクニカルで、はしごや鉄パイプを伝って両手を使わないと下れないような崖ポイントが頻発します。ここでのミス、転倒は致命傷となるテクニカルな下りです。 相当な注意を払って、転倒しないように慎重に下ります。大きな岩場が連続し、そうそう走れません。 この下りが非常に長く感じ、どんどんリンジャニ山頂が遠のく気がして、げんなりします。 標高約2000mまで下るとやっと湖畔に到着します。この湖畔はリンジャニトレッキングのキャンプ地となっており、多くのハイカーさんがキャンプしています。皆ランナーを応援してくれます。湖に落ちるスレッスレのほそーいトレイルを進みます。一歩間違うとドボンです。 と思っていると、どう頑張っても水に入らないと渡れない川の渡渉地点が現れ、やむなく片足をドボンして渡ります。 この写真の右手の外輪山を超えて、湖畔迄一気に下り、再度2700mのセンバルンリムまで登り返します。 しばらく湖畔を進むと再び目の前に絶壁のようなカルデラの外輪山が現れます。ここから再び700m上ると2700mの第2エイド「センバルンリム」です。 ここの登りはナイトトレイルでの絶壁の連続で、両手を使ってよじ登る岩場が何か所も出てきます。22㎞で3800m上るなんてことが可能なのか?とスタート前は半信半疑でしたが、ここにきて「ああ、こういうコースならできるよね22kmで3800m、これだけ急なら行くよね」と半分呆れ笑いが出ます。 コースマーキングはもはや「前」ではなく、「上」を見上げて探さないと、どこがコースなのかわかりません。上を見上げると頭上にリフレクターの着いたマーキングがひらひらと風になびいています。 この辺に来ると60㎞カテゴリーでスタートから飛ばしていった選手も、スローダウンして落ちてきます。高山病に近い症状で座り込んでいる選手も多数現れます。 幸い私は標高への順応がうまくできたようで、非常に快調に上ります。しかし調子に乗ってオーバーペースになるとまだまだこの先3000mから先は別世界です。慎重に余裕をもって進みます。 湖畔からセンバルンリムの第2エイド2700mまではなかなか時間がかかりました。 このセンバルンリムも、ハイカーさんのリンジャニ頂上アタックの拠点のキャンプ地で、多くのテントが張られています。ツアーでは応援やサポートのご家族の応援登山でここでキャンプをしながら選手を待つことができます。 そして実際に応援、サポートスタッフやご家族も、現地ガイドともにリンジャニ山頂に上るオプショナルプログラムが用意されています。 【核心部、リンジャニ山頂3726mへアタック】 この2700mのセンバルンリム第2エイドから、いよいよこの大会の最も核心部といえる、リンジャニ山頂3726mへのアタックが始まります。 センバルンリムのエイドは、36㎞。60㎞のランナーがちょうど集まり、かなりごった返していました。 かなり寒いので、さっそくラーメンを食べようと思いましたが、お湯を沸かすことが追い付かず、お湯がないとのことで、やむなくバナナとビスケットを頬張り、コーラを少し飲んで水を補給してエイドアウトします。 さあ、ここからがこのレース最大のハイライトであり難所の「リンジャニ山頂3726mへのアタック」が始まります! つづく… Mon, 21 May 2018 13:08:30 +0900 2018 5/2-10 インドネシア・RINJANI100参加ツアー 参戦記① バリ~ロンボク島へ http:///blog/item/11663.html http:///blog/item/11663.html  ゴールデンウィーク 5月2日~10日にかけて、インドネシア・ロンボク島で開催された「RINJANI100」参加ツアーに帯同してきました! 100㎞で総獲得標高9200m!! 最高地点がリンジャニ山頂なんと3726mという、アジア最難関のウルトラトレイルです。 100㎞ながらUTMBポイント6ポイント対象レース、60㎞で4ポイント、そのほか36㎞のカテゴリーがあり、いずれもリンジャニ山頂3726mまで登ります。 これだけ高い標高を通過するウルトラトレイルは世界的にも非常に珍しく、晴天時の山頂からのパノラマは特筆ものです。 100㎞、60㎞カテゴリーはスタートとゴール地点が異なるワンウェイレースとなります。 スタートから約22㎞でリンジャニ山頂3726m最高地点へ到着しますが、一度リンジャニ山の巨大なカルデラ湖まで下りを含むため、最初の22㎞での獲得標高は3800m超という超絶なコース設定となっています。 【ゴールデンウィークの混雑でデンパサールを猛ダッシュ】 5月2日 デンパサール空港は大混雑。おかげでイミグレーションや荷物回収に非常に時間がかかり、思いがけず予定していた国内線への乗り継ぎが大ピンチに! 猛ダッシュで国内線ターミナルへ移動すると運よく国内線が遅延。結果オーライで国内線へ無事乗り継ぎます。 ロンボク空港へ降り立つと、そこはバリの喧騒とは異なる静かでのどかな田園風景です。 すでに観光開発がかなり飽和状態となり、都市化しているバリに対して、ロンボク島はまだまだローカルの生活が根付いており、静かな田園風景がヨーロッパの観光客を中心に近年人気が高まっていますが、日本やアジアの観光客にはまだまだマイナーな地域となります。 【ロンボク空港から大会会場の村へ移動】 空港から、RINJANI100の大会会場までは、車で約3時間~4時間移動となります。大会でもシャトルバスを出していますが、飛行機の遅延が頻発するインドネシアでは、予定していたシャトルバスに乗れないということも十分あり得るため、ツアーの専用車は遅延に合わせてご到着まで必ず待機しますので、安心です。  フライトが遅延して、予定していたバスに乗れず、ロンボクのホテルもなく空港で野宿、などというトラブルの心配もありません。 ロンボク空港では、現地ガイドのIPONが待っていました!昨年の11月以来の再開です。 IPONは片言の日本語が話せる、基本英語ガイドです。 RINJANIには年間50回はガイド登山するという、RINJANIを知り尽くしたガイドなので安心です。 ツアー専用車で、昭和初期の風景を思い起こさせるのどかな田園風景の中、どんどん山奥へ入っていきます。 インドネシアは高速道路の整備などはまだまだ進んでおらず、ひたすら小さな道を進むため、かなりの時間がかかります。 途中コンビニエンスストアに立ち寄り、レースに必要な水や補給職などを購入し、移動します。 異国でのショッピングもまた楽しいですね! 道路はどんどん山奥のジャングルへ入っていき、何度も1速に入れるような急坂の連続になります。 日中はしっぽの長いグレーモンキーがたくさん出没するジャングルを抜けていきます。 Pusuk峠山頂につくと、もうすぐゴール会場のセンバルン村です。 このPusuk峠はリンジャニ100では75㎞地点のエイドステーションが設置される峠になります。 Pusuk峠からか急坂の下りを降りていきます。左右に豪快な山脈が見えてきて、ここから見える山々すべてが大会のコースとなる山々です。 Pusuk峠の下りの途中にはイチゴ農園がたくさんあり、ロンボク島で貴重なイチゴの産地として有名な地域です。 インドネシアは赤道に近い熱帯気候の島々ですが、このセンバルンは標高が約1300mあり、大変冷涼な地域となり、ほかの場所ではなかなか栽培できないイチゴの栽培に適した気候です。 【大会会場、ゴール地点のセンバルン村到着】 空港から約3時間半で、大会受付会場、100kmゴール地点のセンバルン村に到着です。 ツアーのホテルはリンジャニ山を真正面に見る、プール付きのコテージタイプの宿です。 空には満天の星空が輝きます。 到着は23時を過ぎたので、すぐにチェックインし就寝します。 翌朝、素晴らしい快晴、リンジャニ山の雄大な姿を表しました。 ツアー宿泊ホテルからのリンジャニ山 リンジャニ山の風貌は富士山にもよく似ています。独立峰で雄大な姿です。 リンジャニ山の噴火によりこのロンボク島が形成されているだけあって、非常に壮大なスケールの山です。 ホテルのあるセンバルン村は標高約1300mのため、朝晩は15度前後まで冷え込み、乾燥していて非常に過ごしやすい気候です。 蚊やハエなども少なく、熱帯地方とは思えない快適な村です。 センバルン村は、まだ観光開発がほとんどなされていない地域のため、スーパーマーケットやコンビニはなく、掘立小屋のような小さな商店が数件あるだけです。レストランも少ないため、安宿の宿泊だと食事場所がほとんどなく、なかなか苦労します。 ツアーではリンジャニ山を望む絶景パノラマのレストランがあり、ナシゴレン、ミーゴレンをはじめとするローカルフードの食事が三食とることができます。 【大会受付へ】 ホテルからゆっくり移動疲れを抜きつつ、ジョグをして大会受付へ向かいます。 この道から望む左右へ連なる山脈のすべての稜線がリンジャニ100のコースです。一目でコースの雰囲気をつかむことができますので、イメージトレーニングに最適です。 大会受付会場も、リンジャニ山を望む絶景ポイントに設置されます。 2016年から開催され、今年で3回目の開催、年々参加者数は増加し大きくなっている大会です。 あのライアン・サンデス選手も大会に興味を持っているらしく、今年の参加はかないませんでしたが、近い将来参加を熱望しているそうです。 受付会場では、順番に従って必携装備のチェック、ICチップブレスレットのチェック、ゼッケンの受け取りなど、多くのスタッフによって確認を行います。3726mまで登る大変厳しいウルトラトレイルですので、装備は必ず十分な装備を携帯する必要があります。 すべてのチェックを終えると、ゼッケンを受け取り、受付完了です。 UTMBなどの世界規模の大会に比較すると小規模な大会ではありますが、全カテゴリー合計では2000名以上の参加者がいるため、受付会場はなかなかの賑わいです。 わずかながら大会グッズのショップも出展され、大会記念Tシャツやエコバック、ステッカーなどが販売されていました。 この大会は年々中国からの参加者も増加しており、大会グッズも爆買いの対象となっていますので、なるべく早めにゲットしたほうがよさそうです。 【午後は大会準備と睡眠】 午前中に受付を済ませ、あとはホテルでレースの準備をして、21時の大会バスの時間までゆっくりします。 100㎞、60㎞のスタートは23時30分。深夜スタートとなりいきなりナイトランです。 睡眠不足は高山病の非常に大きな原因といわれていますので、できる限り昼寝をしてレースに備えます。 ホテルのレストランで早めの夕食を取り、レーススタートに備えます。 20時半ころ、すべての装備をそろえてホテルを出発し、バス乗り場まで移動します。 空には再び満天の星空、素晴らしいコンディションの中スタートできそうです。 5月はこの地域は徐々に乾季に入り始め、比較的晴天率は高いです。ゴール地点のセンバルン村はすでにかなり冷え込み、長袖にウィンドブレーカーを羽織らないと寒いくらいの気温です。 会場には20台以上のマイクロバスとハイエースが所狭しとやってきました。 大型バスはありません。本来であれば3台ぐらいの大型バスで一気に運んでしまえばいいのですが、そうできないのには理由があります。 我々は出来るだけ前の方のバスに乗り込みます。席もなるべく前の方の席に座ります。 私は昨年の11月に視察の際スタート地点のセナル村も視察したのですが、スタート地点へ向かい道がそれこそジェットコースターのような激しいアップダウンと強烈なヘヤピンカーブの連続で、大型バスなど全く通れないようなダートも含むアドベンチャーなルートを移動するからです。 その為、スタート地点への移動で車酔いをしないように、できるだけ前の席に座りました。これは正解だったと思います。 車に弱い方は、この移動は前方席に座ることをお勧めします。 1時間半ほど移動し、スタート地点のセナル村へ到着します。 セナル村の標高は約560mのため、ゴール地点のセンバルン村よりだいぶ暑く感じます。 スタート地点では、この地方の民族舞踊などのセレモニーが盛大に行われます。 日本では見ることのできない現地の民族舞踊などがみられるのは海外からの参加者にはとてもうれしいですね! そして、スタート地点に並ぶとインドネシア恒例のインドネシア国歌斉唱です。 夜23時30分、いよいよアジア屈指の難関トレイル、RINJANI100がスタートします!! つづく... Mon, 14 May 2018 15:41:54 +0900 2018 4/3-9 クロアチア・イストリア100マイル 参加ツアー 旅行記⑤ Buzet 88km~ゴールUmag168km http:///blog/item/11626.html http:///blog/item/11626.html  ウルトラトレイルワールドツアー、クロアチア Istria100もいよいよ後半戦へ突入!  中間エイドのBuzet88kmを後にして、次のエイド100㎞地点のHUM(フム) 「ギネス認定世界一小さな町」を目指します。 【何度も川を渡るコースへ】 Buzet88kmからは谷あいの運河に沿った堤防の林道をしばらく走ります。ほぼフラットで走り続けられるコースです。 さすがにそれなりに足は痛いですが、まだジョグは十分できる足が残っています。 徐々に山の距離が近くなり、緩やかに上り始めます。この辺りはおとといまでの雨でかなりトレイルがぬかるんでいてマッドコンディションです。 さらに何度も小川を渡るため、できるだけ足をぬらさないように石や岩の上を慎重に渡ります。 足をぬらしてしまうとふやけて豆を作る原因になり、まだこれから10時間以上かかることを想定すると、できる限り足は濡らしたくありません。 平坦な林道も私はひたすらストックを突き続けます。 一歩進むごとに一突き、ひたすらカチャカチャカチャカチャとストックを突き続けます。 ストックを突くだけで、足にかかる体重は2~3㎏軽減されます。それは一回ごとの差は小さいですが、それを何万歩と繰り返せばそのわずかな差が大きな差になります。 なので、平坦も下りも基本ストックを突き続けます。そのため肘が痛くなってきます。いつも左ひじがすごく痛くなりますが、足の痛みよりはましです。 淡々と進み続け、Buzetのエイドをかなり前に出たランナーも捕らえ始めます。日が昇り、だんだん気温が上がってきます。 おそらく日中はかなり熱くなりそうです。真っ青な青空が広がっています。 徐々に山深くなってくるとシングルトラックの登りに入ります。 一昨日の視察オプショナルツアーで見た道が出てきて、もうすぐ世界一小さな町HUMです。 視察ツアー時は小雨のぱらつくどんより天気でしたが、今日は快晴のHUMです。 見覚えのある町に着くと安心します。ここで100㎞到達です。 100マイルレースで中間点の到着と100㎞の到着は、感覚的に非常に大きく違うように私自身は感じます。 まだ約70㎞あるわけですが、100㎞に到着するとどこどなく「ゴールが近づいている」という感覚を覚えます。 そう感じられるのは体調がよい証拠です。内臓がやられていたり、足が完全に終わっているときは同じようには感じません。 70㎞もあると、体調が悪いと絶望してリタイヤを考えてしまう場合も出てきます。 HUMのエイドは教会の鐘塔の建物の中です。約1000年前の建物 Fri, 20 Apr 2018 00:00:00 +0900 2018 4/3-9 クロアチア・イストリア100マイル 参加ツアー 旅行記④ Istria100スタート~Buzet88km http:///blog/item/11621.html http:///blog/item/11621.html  いよいよ、ウルトラトレイルワールドツアー「100Miles Of Istria」のスタートです。 【イストリア半島の東端ラビンから、最西端のウマグへの旅】 最高の快晴に恵まれたラビン。スタートのアーチはラビンの主要道路に設置され、一時的に交通規制してスタートが開催されました。 参加人数はエントリーが約600名と、2000名を超えるレユニオンやUTMBに比較するとはるかに少ないですが、それでもハイテンションなMCの声と音楽で盛り上げるスタイルはさすがウルトラトレイルワールドツアー。テンションが上がります! スタート20分前でも、まだあまり選手は並ばず、各々スタート周辺でリラックスしています。 私自身も非常にリラックスしてスタートラインへ並ぶことができました。 いよいよ17:00が近づき、カウントダウンが始まります! 「5,4,3,2,1… スタート!」 ラビンの町から一斉に世界のランナーがスタート! このレースは100マイル167㎞で総獲得標高が約6600mと、UTMBなどのアルプス、ピレネーなどで開催されるウルトラトレイルに比較すると 比較的、獲得標高は少なめで走りやすいプロフィールといえます。 しかし、されど100マイル。どんなに高低差が少なくてもやはり167㎞という距離を走り切るのは容易ではありません。 ペース配分や補給、夜間のウェアリングやライトなどの装備も非常に重要です。 【Istria100コースレイアウト】 ウルトラトレイルワールドツアーの1戦であるイストリア100は、前半に比較的厳しい山岳コースが集中し、ドロップバックエイドのBuzet 88㎞から先は、巨人伝説の天空都市をめぐるコースとなり、それほど大きな山は少なくなります。  スタートして1~2㎞程アドリア海を望む景色の良いロードを進むと、すぐにシングルトラックのトレイルに入ります。そのため集団後方は少し渋滞するかもしれませんが、それほど気にすることはないでしょう。 以外とガレていて、いきなりここで転倒や捻挫をしないように、注意が必要です。 スタート地点のLabinは丘の上の町なので、そこから海辺まで下るイメージです。下りきるとアドリア海の入り江に出来たきれいな公園に出ます。 公園を抜けると、コースはいきなりほそーい急な階段へ進み、住宅地を縫うように上ります。 「いったいどこに行くんだ?」とワクワクする面白コースです。 しばらく階段を上ると一気に見晴らしの良い高台に出ます。第1エイド15.6㎞に向かう最初の一山です。 アドリア海を背中に、これから行く山々の稜線がよく見渡せる絶景です。ここはそれほど急登ではなく、ジョグと歩きを織り交ぜながら行ける感じです。トップ20ぐらいの選手はほぼ全部走っていくでしょう。 この一つ目の山の頂上付近は360度の絶景パノラマが広がります。アドリア海とイストリアの山脈、最高地点のPoklon1400mまで見渡すことができ、暮れ始めた夕焼けがとてもきれいでした。 ピークを超えると、砂利のダブルトラックの下りで第1エイドまで一気に下ります。ここは全部走れますが、私は後半に備えて極めてペースをセーブして下りました。おかげでバンバン抜かされますが、こうした下りを飛ばしすぎた漬けは必ず後半にやってきます。 なので下りもストックを使って細かいピッチで、なるべく足への衝撃を抑えて下ります。 下りきるとPlomin Lukaの町に出て、第1エイドに到着します。 私はここに1時間14分、114位で到着。 まだ食べ物は十分あるので、水のみ補給しすぐにエイドアウトします。 ここからはこのIstria100のうちでも最も長く急な登りが出てきます。 とはいってもUTMBなどと比較すると、上りやすく傾斜はそれなりに急ですが、厳しい岩場などはありません。 この登りを上るころ、本当に美しい夕焼けとなります。 写真は今回の2018年大会の実際の写真で、まさしくこの景色の中を進みました。 この辺りは鍾乳洞などがたくさんあるカルスト地形で、独特の白い岩がにょきにょき生えたようなトレイルを進みます。 背の高い木がほとんどないため、非常に見通しがよく壮大な景色が広がります。 2つ目の山のピークに近づくころ、快晴ということもあり、放射冷却されて一気に気温が冷え込んでいきます。 風もやや出てきたので、この辺で長袖ウェアを出して、ヘッドライトも装備、首にBuffを巻いてナイトランに備えます。 私はショートパンツのままでしたが、多くのランナーがレギンスを着用していました。 思っていたより冷え込みは厳しかったように感じます。 2つ目のピークを越えたころから、ほぼ日が暮れてナイトランに入ります。下りはかなり細いテクニカルなシングルトラックですが、比較的走れます。 コースマーキングも相当な数の旗があるので、ロストはほぼ考えられません。しかし、トレイルは普段ほとんど人が入らないであろうルートを行くので、マーキングを見失うと危険です。 暗くなってくると、遠くには海辺の町の明かりと海には船の明かり、空には星が輝き、素晴らしく幻想的な景色が広がります。 シングルトラックを抜けると林道の下りに出て、Prodolの第2エイドまで林道です。 ここはかなり走れてしまいますので、足にダメージを蓄積しないようにセーブが必要です。 ここのエイドでびっくりしたのは、エナジードリンクのRedbullが大量に用意されていたことです。 Redbullが飲み放題の大会はあまり知りません。これからのナイトセクションに備え、フラスクにレッドブルを入れて、チョコパンを2個、ポテトチップスを少し食べて、エイドアウトします。ここから第3エイドまでは約16㎞感覚があり、大会中の最高峰1400mのPoklonののぼりがあります。 どれぐらい厳しいのぼりなのか、予測がつかないので、このエイドでは10分ほど止まって、しっかり補給し、態勢を整えます。 エイドはなかなか充実しており、温かいスープ、スポーツドリンク、コーラ、レッドブル、水、炭酸水、ドライフルーツ、ポテトチップス、サラミ類、チーズ、チョコペースとたっぷりのパンなどが設置されていました。 ここからは、しばらく走れる緩やかな林道が続きます。まだ前半なので結構いい勢いで林道を飛ばしていく選手が多いですが、かまわずに行かせます。100マイルレースは100㎞からが勝負、いや120㎞かもしれません。そこからどれだけ淡々と普通に動けるか否かで、結果は全く変わってきます。 前半50㎞で抜いた抜かれたは全くどうでもよいことです。 今までは私もそう思っていながらも、ついつい向きになって競り合って何度も苦い思いをしてきましたが、今回は非常に冷静に自分のペースだけを意識して淡々と進めていました。 コースはカルスト地形の山の稜線をずっと進みます。そのためかなり風が吹き抜け、ウェアリングには気を使います。長袖を着用していましたが、ペースダウンした場合はウィンドシェルを着ないとすぐに体が冷える感覚です。 ここで非常に良いペースで引っ張ってくれるフランス人に出会い、彼にひたすらついていきます。早すぎず遅すぎず私にとって絶妙なペースです。 のぼりも結構走れる緩斜面が多く、気持ちの良いコースです。しかしトレースがほとんど不明瞭なため、マーキングのリフレクターのみがコースを示す唯一の判断材料です。そのため、マーキングの見落としには要注意です。 【最高地点1400MのPoklonへ】 予想外に最高地点のPoklonにつくまでにはいくつものアップダウンを繰り返し、なかなかたどり着きませんでした。 比較的走りやすいトレイルから、小さな村を抜けて、突然日本の山を思い出させる広葉樹の腐葉土でできたふかふかの森の中のトレイルに入ると、一気に急登になります。ここで、「あ、これがピークへののぼりだな」とすぐに察知できました。 これまでに比べるとかなり急な登りになるため、心拍を上げすぎないようにコントロールが必要です。足を使いすぎないようにストックにうまくウェイトを分散してリズミカルに上ります。 トレイルは黒土の非常にふかふかな道で、まるで日本の山のようです。しかししばらく上ると、森を抜けて再び開けたカルスト地形の急登となります。 この急登で、かなりのランナーがペースダウンしてきており、淡々と上っていましたがかなり抜かし始めます。 皆序盤の林道でかっ飛ばしていったランナーです。 頂上の天文台に近づくと、少しフラットになり走れるようになります。天文台を過ぎるとコース最高地点通過となり、はじめはロードを下り始めます。 しかしすぐにロードからシングルトラックのふかふかトレイルに入ります。ここの下りは本当に日本のトレイルそっくりです。 ブナやナラの広葉樹からできた非常に良質の腐葉土でふっかふかで走りやすいトレイルです。しかしながらまだ結構残雪があり、何度も雪渓をトラバースします。雪渓を走るときは絶対にストックがあると有利です。滑ってバランスを崩してもストックがあればかなり立て直せます。 第3エイドまでの下りはなかなか下りごたえのある、適度にテクニカルなダウンヒルです。 この辺から今回最初のゾーンに入り始め、快調に進みます。 Poklonから下りをほぼ下りきったあたりに、41㎞地点の第3エイドが現れます。 コース上の最難関を通過し、ひと段落です。でもまだまだ前半なので十分に余力を残していなくてはなりません。 個々のエイドでも、チョコパンを2個食べて、スープを飲み水分もしっかり補給してエイドアウトします。 このエイドは6時間10分、57位で通過します。 【第3エイドから第4エイドはひたすら走る林道】 第3エイドから第4エイドの約15㎞は、完全に深夜帯となり眠気が出る時間帯です。そしてこの区間はかなり走り続けられる林道区間です。 ここまででかなりばらけたこともあり、完全に単独走となります。星の明かりを眺めながら、ひたすら淡々と夜の林道を進みます。 時々トレイルに入り、気持ちの良いふかふかトレイルを下ります。 しかしながら、暗闇の単独走での15㎞はなかなか長く感じます。しばらく行くと2名のランナーに追いついたので、無理に抜かさずにしばらく3人で進みます。3人のほうが気持ち的にはかなり楽です。この辺で無理に飛ばしてもそれほど良いことはないので、やや遅いペースでしたがしばらく3人で進みました。 少し緩やかに上り基調になってくると、次のエイドが近づいてきます。深夜帯ということ、ランナーがばらけて少なくなってくることなどからも、この区間は結構長く感じましたが、集落に入るとやっと第4エイドBrgudag55㎞地点です。 8時間3分で到着し順位には変化がありません。相当セーブしてきたつもりでも、55㎞走るとそれなりの疲労感が出てきます。しかもこのセクションは相当長時間走り続けたため、足の筋力にかなりのダメージが蓄積しました。  若干所局にも陰りが見え始めたので、ジップロックに砕いて入れてきたカップヌードルのカレーにお湯を入れてもらって、食べました。 食べなれたヌードルはおいしくしっかり補給できました。この辺になってくると日本人にはなじみの薄いパン屋サラミ系の補給がやや難しくなってきます。それを予測して今回私はカレーメシやカップヌードル、緑の狸そばなどをジップロックに入れて携帯していました。 これは大正解で、まず最初にこの第5エイドでカップヌードルを食べました。 このエイドにはスープパスタもあったので、スープパスタも一緒に食し、まだ食べれるうちはとにかくしっかり補給を心掛けました。 このエイドには、Hokaのウェアに身を包んだエリートランナーらしき選手が青白い顔押してロングストップしていました。 おそらくトラブルを起こして動けなくなっているようです。この辺から徐々にウルトラトレイルの難しさに直面する時間帯です。 【第4エイドから夜明けの中間エイドへ】 第5エイドでは15分ほどストップし、崩れかけたコンディションを立て直すことに集中しました。しっかり補給し次のエイドまででハンガーノックなどを起こさないよう気を付けます。 ここからは、土のシングルトラックのアップダウンを繰り返し、なかなか面白いナイトセクションでした。ブナの森を縫うように進み、変化があって走りがいのあるトレイルです。 すでにかなり人気は少ないですが、見える範囲で数名が前を言っているのを目印に淡々と進みます。 トレイルは落ち葉でふかふかでアルプスやピレネーのような岩盤室のカチカチトレイルとは全く違います。きっとこういうふかふかの土地にトリュフが育つのでしょう。とても黒々とした養分たっぷりの土が豊富です。 夏になったらかぶとむしとか沢山出てきそうな土でした。 この第4エイドから第5エイド間は17㎞あり、大会中最も長いエイド感覚があります。 この区間は結構タフなアップダウンが繰り返し、同じくらいの選手と抜きつ抜かれつ、結構しのぎを削りました。 私自身はいたってマイペースのつもりでしたが、選手によっては下りが得意な選手、のぼりが得意な選手と異なるため、のぼりでは抜き、下りでは抜かされるを繰り返しながら進みます。  100マイルでは下りの足が終了してしまうと、ゲームセットと私は考えているので、下りは極力セーブして進むことを心掛けています。 内臓トラブルもよく起こすので、下りで内臓が揺れると私にはリスクが増します。 第5エイドは小さな仮設テントのエイドです。 このエイドにはあまりストップしませんでした。夜間はかなり冷え込んだため温かい紅茶を補給し、フラスクにも温かい紅茶を入れます。 次のエイドは中間点のドロップバックエイドで、そこでしっかり後半への態勢を整える計画にしていたので、このエイドは最小限にとどめエイドアウトします。 17時にスタートし、丸まる一晩走り続けてきたので、そろそろ夜明けが恋しくなります。 早く夜が明けないかなあ、と思いつつ淡々と進みます。 【第5エイドから、難所Buzetへの下り】 ウルトラトレイルで私が個人的に最も警戒するのは下りです。特に急な下りは確実に足にダメージを与えるため、どれだけ最小限のダメージで下れるかが重要です。 そしてコースプロフィールで最も要注意個所と踏んでいたのが、この第5エイドから中間エイドのBuzetへの、コース中最も長く急と思われる下りです。 そしてその下りは予想通り、いや予想以上に手ごわい下りでした。 この下りは極めてテクニカルで、岩場も多数あり、無理の出来ない下りでした。かなり慎重に足のダメージを抑えるべく下りましたが、かなり距離も長くダメージが蓄積していくことを感じざる負えません。 眠気などもあると転倒リスクも高いかなりテクニカルなルートなので、要注意です。この下りで何名かに抜かれましたが、無理せずかなり歩きを混ぜて下ります。 このくだりの途中で夜が明け始め明るくなります。目の前に朝霧の雲海が広がり、その中にBuzetの町が見えてきます。実に絵になる風景です。 暗闇から解放されると気持ちがだいぶ楽になります。 しかしながら、見えてはいるものの、なかなかBuzetの町には着きません。 まだかまだかと厳しい下りを下り続けます。 すでに80㎞以上走っており、いくらセーブしてきたとはいえかなりの疲労感です。 やっと厳しい下りのトレイルを抜けると、ロードに出てBuzetの町に入っていきます。 Buzetの町はかなり標高が下がるので温かいかと思ったら、放射冷却のせいか、Buzetの町こそがこれまでのどこよりもめちゃくちゃ冷え込んでいて気温3度ぐらいのように感じました。 ロードの下りは特にダメージがきついので、ほとんど歩き倒しました。ここでも抜かれましたが、気にせずに歩きます。 スタートから14時間3分かかって、Buzet88㎞の中間エイドにたどり着き、徐々に順位も上がり43位まで上がっていました。 【中間エイドBuzet88㎞で、後半に向けて体制を整える】 中間エイドは大きな体育館で、カーペットが敷かれ、温かく快適です。 自分のドロップバックを受け取り、絶対に食べると決めていた「カレーメシ」にお湯を入れてもらいます。 カレーメシができるまでの間にソックスを履き替え、足に入念にワセリンを塗ります。ここまでほとんどマメなどのケガはありませんが、右足の親指にまめができかけていたので、たっぷりワセリンを塗って予防します。 14時間経過し、食欲に問題がないのは私としては快挙です。メダリストのアミノ酸を取り、カレーメシを食します。 「うまい!」 私にとって100マイルレースの必携装備「カレーメシ」 体が喜んでるのがわかります。この中間エイドでは絶対に十分な補給をすることを決めていました。約30分は態勢を整えるためストップする計画です。 ほぼ14時間でエイドインしたので、14時間30分ごろエイドアウトする予定で行動します。 まだエイドにはランナーが少なかったため、ボランティアの方々が私のほうまで来てくれて、フラスクに水を入れてくれたり、カレーメシにお湯を入れて持ってきてくれたり、親切にしてくれます。 スタートで携帯した補給職はほぼ完食し、後半に向けて携帯する補給も忘れずに入れる必要があります。 ジップロックに詰めたカントリーマームとしっとりクッキーと、別のジップロックに柿ピーとミックスナッツを混ぜたしょっぱい系ジップロックを携帯し、これまでのごみをすべてごみ袋へ捨てます。 天気は快晴のためかなり熱くなることを予測して、日焼け止めも塗ります。 カレーメシとパスタを完食し、600Kcalは最低でも接種。 14時間30分に予定通りエイドアウトします。 外には朝霧がかかり、まぶしい太陽が昇り始めています。しかし寒い!! Buzetはものずごく冷え込んでいました! 川の水のほうが温かいようで、川から湯気が立ち上り、白い霧の中を駆け抜ける景色は本当に幻想的です。 Buzetからはしばらく川沿いの農道をはしり、次のエイド、「世界一小さな町 HUM100㎞地点」を目指します。 いよいよ後半戦、果たしてゴールまで無事たどり着けるのか?? つづく・・・・ Thu, 19 Apr 2018 11:20:37 +0900 2018 4/3-9 クロアチア・イストリア100マイル 参加ツアー 旅行記③ レース受付~スタート http:///blog/item/11614.html http:///blog/item/11614.html  イストリアの巨人伝説の天空都市を巡るオプショナルツアーから戻り、夕方からはいよいよ明日のイストリア100の大会受付です。 【UMAGのスポーツセンターで受付】 イストリア100の受付はゴール地点の設置されたスポーツセンター体育館内(2018)で行われます。 外観からは普通の体育館にしか見えませんが、中にはカーペットが敷かれ、各メーカーや販売店のブースが綺麗にならび、さすがウルトラトレイルワールドツアーといった様相です。 しかしながら、受付は対応スタッフの人数が少なく、結構な時間待たされました。 まだ歴史の浅い大会ですし、のんびりとしたお国柄もあるかもしれません。周りの同じように受付を待つランナーも、特にいら立つことも無くみな談笑しながら受付の順番をのんびり待っています。 100マイルレースの受付は必携装備はすべてチェックされます。この時期かなり温暖にはなりつつありますが、朝晩はかなり冷え込み5度以下になります。なので夜間の装備に関しては油断は禁物です。  長袖ウェア、長いレギンスもしくはレインパンツは必携です。 受付は装備チェック、パスポートとゼッケンの確認、ゼッケン一式受け渡し、中間転用ドロップバックとゴール用小バックの受け取りの流れで完了です。 受付を過ぎると、大会オフィシャルグッズのショップがあり、大会のTシャツやフリース、ISTRIAビールなどが販売されています。 どれも比較的在庫が少ないようなので、早めのゲットがお勧めです! 【ブースも掘り出し物が!?】 2018年大会はサロモンとコンプレススポーツが大会協賛として大きなブースを出していました。 ここクロアチアの通過は「クーナ」というクロアチア通貨が主流となります。日本円との為替レートによっては結構お買い得な掘り出し物をゲットできます。 為替レートをよく確認して掘り出し物を探すのもまた楽しいですね。 今回初のツアー開催に際し、大会スタッフのIvanaさんに大変お世話になりました。 受付会場でお会いし、一緒に撮影! ツアーではISTIRA100 主催者と準備を重ね大会オフィシャルのホテル、エントリー枠の確保などご協力いただきました。 100マイル参加選手は赤色のゼッケンです。各カテゴリーごとに色分けされたゼッケンが配布されます。 受付を完了し、皆で完走を誓います! 受付会場正面に設置されたゴールアーチ!ここまで何としても走り切りたいですね! 受付を終えたら、ホテルに戻り各自レースの準備です。 中間エイドのBuzet88km地点へ送るドロップバックは100マイル完走には非常に重要です。 補給食はもちろん、100マイルをトラブル最小限で走りきるために、ワセリンや、スペアのソックス、着替え、スペアヘッドライト、バッテリーなども重要です。 今大会は、主催者のご厚意により今後のツアーでのご案内の為、私自身も100マイルに招待で挑戦させていただく事となりました。 次回以降ご参加されるお客様に正確なコースのご案内をするには、絶対にゴールまでたどり着かなくてはなりません。 招待していただいたことを無駄にしない為にも、完走は必需条件です。 抜かりなくレースの準備を行いました。 【明日の100マイルレースに向けて、エネルギー補給へ】 一通りレースの準備を済ませたら、明日の100マイルに向けて大切なディナーです。 またまたレースに向けて、Umag郊外の一軒家のKonobaへ。 トリュフたっぷりの自家製ペンネ アドリア海の白身魚の炭火焼き またまたこちらも絶品です。とにかくクロアチアの料理は日本のだし文化にも通じるような繊細で奥深い味付け。 とてもおいしい料理の数々に舌鼓を打ちます。 100マイル分以上にエネルギー補給出来てしまったかもしれません。。 しっかりエネルギー補給をしたら100マイルレース前最重要事項、睡眠です! 【レース当日、スタート地点へ】 いよいよ大会の日がやってきました。 到着初日、2日目のぐずついた天気が嘘のように、快晴です! 私は自称 超晴れ男です。今回も晴れ男パワーが炸裂しました。 大会オーガナイザーのIvanaさんによると2018年になってこれほどまですっきりと晴れ渡ったのは、なんとこの日が初めてだそうです。 それほどまでに悪天候が今年は続いていたとの事、本当にラッキーです。 2018年初の快晴!の下スタートです。 このIstria100は、スタート地点とゴール地点が全く違う「ワンウェイレース」として開催されます。 その為、ゴール地点のUmagからスタート地点のLabinまで、大会の用意するバスで移動します。 バスに乗り込む前に、中間エイドBuzet用のドロップバックを忘れずに預けます。 ドロップバックを預けて、14:00に大会のバスが続々と到着します。 なるべく早めにスタートに到着して、落ち着いてスタートを迎えたいので、一番前のバスに乗り込みます。 約1時間30分ほどバスで移動すると、スタート地点のLabin(ラビン)の街に到着します。 ラビンの街の周辺はゴールのUmagに比べるとかなり大きな山々が連なる景色が広がり、前半のコースの難しさを予感させます。 ラビンのまちも丘の頂上に築かれ、三角屋根の教会を中心に実に美しい街です。 そしてその先にはっきりと見える山々がまさしくこれからIstria100で我々が走り抜ける山です。 一番左奥にそびえ、頂上に天文台の白い建物が見える最も高い山が、Istria100の100マイルコース中最高地点の1400mPOKLON(ポクロン)山頂です。 あの山頂を過ぎると41km地点のエイドです。なのでスタート地点から天気が良ければ最初の約40kmにわたるコースの雰囲気を見渡すことができます。 続々とバスが到着し、世界中からここクロアチアに集まった選手たちが、ラビンの街に集まります。 地元クロアチアはもちろん、お隣のスロベニア、イタリア、ルーマニア、ロシアなどからも参加者が多く、アジアの参加者はかなり少なく感じます。 またトレイル大国のフランス人の姿も数多く見受けられます。 女性選手では昨年も優勝した、世界のトップ選手の一人、イタリアのフランチェスカ・カネパ選手も女子ゼッケン1番を付けてスタートラインに並びます。 17:00いよいよスタートを迎えます!! つづく・・・ Wed, 18 Apr 2018 00:00:00 +0900 2018 4/3-9 クロアチア・イストリア100マイル 参加ツアー 旅行記② 巨人伝説の天空都市へ http:///blog/item/11605.html http:///blog/item/11605.html 4月4日は、100Miles of Istriaで後半に通過する、イストリア地方でも名所となる「天空都市」と呼ばれる巨人伝説の集落を回るオプショナルツアーです! イストリア地方には、小高い丘がいくつも連なる独特の地形のなか、その丘の頂上部分に町が形成され、谷に雲海や霧が出るとまさに天空の城ラピュタのような空中に浮かぶ都市のような幻想的な風景を見ることができます。 実際に「天空の城ラピュタ」は、フランスのモンサンミシェルや、ここイストリアの天空都市から影響を受けて作成されたと言われています。 【巨人伝説の天空都市巡りツアーへ】 今日はあいにくの天気で、小雨のぱらつくなかホテルでブッフェの朝食をとり、8:30にホテルを出発、車で大会の後半のコースの視察を兼ねたオプショナルツアーへ出発です。 全く初めての海外の大会、コースの様子など一切わからずにスタートするのと、大体の雰囲気や山の感じ、景色を総合的に見ておくだけでも、かなり現実的に大会本番のイメージが出来ますので、実際のコースには入らずとも視察ツアーは大会に向けても有効かと思います。 今回のオプショナルツアー工程 ① ギネス認定の世界一小さな町 Hum訪問(大会約100km地点) ② 大会中間地点(約88km) ドロップバックエイドの街 Buzet訪問 +イストリアブランデー酒造見学、トリュフテイスティング ③ 巨人伝説の天空都市、Motovun訪問 (大会128km地点) ④ 巨人伝説の街、Groznjan 訪問  (147km地点) 【ギネス認定 世界一小さな町 Hum】 オリーブ畑や、イストリアワインのブドウ畑を眺めながら、美しい丘陵地の谷を移動し、まず初めに「ギネス認定の世界一小さな町 Hum(フム)」を目指します。 約1時間ほどすると、非常に細い山道をすすみ、小さな丘の山頂の小さな小さな集落に到着しました。 Humの街への道路標識には通年100Miles Of Istriaのコースマーキングが設置されている。 到着が午前中の早めの時間という事もあり、ほとんど観光客もおらず、静寂に包まれた世界一小さな町フム。 この町は、中世から語り継がれるイストリアの巨人伝説の中で、巨人がほかのモトヴンやグロジュニャンなどの天空都市を作った後、余った小石で作ったと言われる、ひときわ小さな集落が出来たと語り継がれています。聖イェロルム協会がたたずみ、約1000年の歴史をもつ石畳、石垣で作り上げられた中世の街の雰囲気が、今もなお多く残されていて、まるで中世へタイムスリップしたかのような感覚になります。 イストリア100では、この教会の左にある鐘塔の建物の中に小さな100km地点のHumエイドが設置されます。 Humの街は人口約20名ですが、最近ではイストリア屈指の観光名所として、現地のバスツアーなどで訪れる観光客は増えつつあります。 【中間エイドの街Buzetへ】 世界一小さな町を見学したら、次は中間エイドの設置されるBuzet(ブゼット)の街に移動します。Istria100の100マイルカテゴリーの中間エイド(88km地点)が設置される街です。ここBuzetも街の最初の発祥地は丘の上に築かれた、天空都市を中心に成り立ち、その後麓の平地にも町が広がりました。 ここには、Buzet発祥のイストリア産のブドウや果物を使用した地元の酒蔵があります。 今回は、このBuzetの酒蔵を訪問します。 元々Buzetの天空都市の小さな酒造から始まり、徐々に規模を拡大し、現在はふもとに広がる街に酒蔵を構えるイストリアン・ブランデーの蔵です。中に入ると大変香り高い葡萄のお酒の香りが漂っています。 スタッフが丁寧にブランデーの作成行程を説明しながら酒蔵内を見学します。 この酒蔵では、イストリア産の原料を使用した、ブランデーをはじめジャムやオリーブオイル、チョコレートなどの製造もおこなっています。 実は一般のスーパーなどでは近隣の欧州から輸入された食品がほとんどで、準イストリア産のお土産を見つけるのは意外と難しく、ここではまさにイストリア産の様々お土産が入手できるのも魅力です。 酒蔵を見学した後は、楽しみにしていたテイスティングです。 イストリア産の生ハム、サラミ、オリーブ、チーズのプレートと、こちらの酒蔵で蒸留、製造された3種類の異なるブランデーをテイスティングします。さらに希望すれば20種類の異なるフレーバーのブランデーすべてをテイスティングできてしまいます! 最初に用意されたブランデーは、この酒蔵でも最も人気の高い「テラニーノ」という赤いベリー系のフルーツ10種類をブレンドした、非常にフルーティーで飲みやすい食後酒のブランデーと、ビスカと言われるイストリアならではのヤドリギなどから採取される複数種のハーブをブレンドしたブランデー、そしてグラッパをブレンドしたブランデーの三種が振舞われます。 どれも風味豊かでフルーティーで飲みやすく、ついついすいすいと飲めてしまうので、飲みすぎには要注意です。 またこのブランデーに相性抜群の生ハムやイストリアンチーズが美味しくて、とまりません。 ツアーの皆さんも、次々に異なる種類のブランデーを追加テイスティングし、日本ではまずお目にかかれないイストリア産のお酒を楽しみました。 こちらのブランデーはいまでも一本一本、酒蔵のスタッフが手で瓶詰めしており、日本に輸出するほどの生産量が無いため、今現在日本に輸出はされておらず、日本での入手は極めて困難なお酒です。お酒好きの方へのお土産としては最高のお土産になるのではないでしょうか? また、こちらではブランデー作成に使用されるフルーツを使ったジャムも作られており、こちらも全種類テイスティングが出来ます。 このジャムも、果物の濃度が極めて高く、完熟のフルーツを食べているかのようなフルーツ感の非常に濃厚な美味しいジャムです。 私も思わず購入してしまいました。 【ブランデー酒造見学の後はトリュフのテイスティングへ!】 素敵なブランデーの酒蔵を見学したあとは、同じくBuzetの街のトリュフ狩りの拠点、イストリアトリュフの工房を訪問します。 イストリアではトリュフ犬を使ったトリュフ狩りが年間を通して行われます。こちらの工房ではBuzet周辺の山々で採取される基調のクロトリュフや白トリュフを、様々なトリュフペーストやトリュフビール、ジャムやチョコレートなどの製造を行っています。 時間があれば、実際に「トリュフ犬とのトリュフ狩り体験」も参加することができます。 あいにく今日は天候が悪く、また明日は100マイルレースのスタートという事もあり、トリュフ狩り体験はしませんでしたが、世界的にも有名なイストリアのトリュフを、これでもか!とテイスティングさせていただきました。 今回ご用意していただいたトリュフテイスティングプレート! おそらく私が41年間の人生で食べたトリュフの量を、今日この一日で3倍以上トリュフを食べさせていただきました! 写真左上からトリュフオリーブオイル(ものすごいトリュフの香りがします)とオリーブオイルテイスティング用のパン その下左から、白トリュフクリーム、白トリュフチーズクリーム、白トリュフとホワイトマッシュルームペースト、クロトリュフとシイタケのペースト、クロトリュフとポルチーニのペースト、クロトリュフとブラックオリーブのペースト、そして一番右がクロトリュフとトマトのペースト。 プレートの一番下が、クロトリュフ入りイストリアチーズ(牛、羊、ヤギチーズ3種)、右下がトリュフ入りサラミ。 このプレートのテイスティングはトリュフの香りが比較的穏やかな右のトマトペーストから食すのが正しい順番で、右側から順番に左の白トリュフに向かってテイスティングします。 色のイメージでは白トリュフの方が優しい味のように思いますが、実際は逆で、クロトリュフより白トリュフの方が非常に強いトリュフの香りがします。その為、右側の白トリュフから食べてしまうと、右側のクロトリュフ系のペーストの風味が感じにくくなってしまうのだそうです。 そしてこのトリュフプレートとともに楽しむのが、トリュフビール! 見た目は普通のビールに見えますが、グラスを回して香りを立たせると、非常に香ばしいトリュフの香りが鼻を抜けます。 日本では早々お目にかかれないトリュフを、これでもか!とまさにトリュフ三昧。そして日本では数倍の値が張るトリュフのお土産にも最適です。 私もクロトリュフとポルチーニのペーストを購入しました! この工房の庭には、トリュフ狩りには欠かせないトリュフ犬が元気に走り回っていました! ですがその管理は厳重で高い柵に囲まれた庭で管理されています。なぜならトリュフを見つけられるようにトレーニングされたワンちゃんたちこそ、この貴重で世界的にもてはやされる高級珍味のトリュフを見つけることができる存在だから、ワンちゃんに何かあっては一大事なのです。 【巨人伝説の中心地、天空の街 Motovunへ】 Buzetでイストリア名産のお酒と生ハムと、トリュフ三昧を堪能したら、次はイストリアの巨人伝説の中心地とも言われる「Motovun」へ移動します。 Motovunは数あるイストリアの天空都市の中でも、巨人伝説の発祥地と言われ、はるか昔にここに住んでいた「ヴェリ・ヨジェ」という良い巨人が、ここイストリアのモトブンを作り、そこから次々に他の天空都市を石を投げて作っていったと伝えられています。 約1000年前に築かれた城塞の外壁も、今もなおこの町を守るように外周をぐるっと囲むように現存し、その姿はひときわ美しく空に向かってそびえたちます。 この外壁の上をぐるっと1周歩いて回ることができます。この城壁からは巨人が築いたと言われるBuzet, Grozunjn,Oprtaljなどの天空都市の数々が見渡すことができます。  Istria100Milesでは128km地点のエイドとなり、全行程の約8割を終えてフィニッシュが見えてくる町となります。 Motovunからはまさにイストリアを象徴するオリーブやブドウ畑の連なる丘陵の景色が一望でき、この地方を象徴する場所と言えるでしょう。 美しいパノラマを望むテラス席でお茶やジェラートなどを楽しむのもまた良いですね! Motovunからの景色。大会では、実際にこの前の石畳の道を通ってゆきます。 当初の予定では、ここMotovunのレストランでランチの予定でしたが、ここまでのテイスティング三昧で、皆さんすっかりお腹いっぱいだったため、ランチはキャンセルし、次の天空都市に向かいます。 【ゴール目前の天空都市グロジェニャン】 Motovunの次に訪れるのは、巨人ヴェリ・ヨジェが作ったと言われる、グロジェニャンの天空都市へ向かいます。 グロジェニャンは、アーティストのアトリエや工房が数多く存在するアートの街で、街中の散策がひときわ楽しい天空都市でもあります。冬の間はほとんどのお店が閉まっていますが、このIstria100マイルのころからお店が開き始めます。 中世の石畳が今もなお多く残り、古い町並みの雰囲気がひときわ感じられるのがグロジュニャンです。 4月はまだ観光客も少なく、とても静かな時間が流れこの町の雰囲気を感じるにはとても良い季節でしょう。 グロジュニャンのアーティストが作った小物などを見て回るのも楽しいですね。 大会では147km地点のエイドが設置される街となり、この町まで来たら完走間近です。 コースではこのグロジュニャン以降大きなのぼりはもうありません。ひたすらゴールに向けて下り貴重のプロフィールとなります。 大会の後半の主要エイドとなる天空都市を回り、ウマグの街へ戻ります。 夕方からは、いよいよ大会の受付です! つづく・・・ Tue, 17 Apr 2018 00:00:00 +0900 2018 4/3-9 クロアチア・イストリア100マイル 参加ツアー 旅行記① イストリアへ到着! http:///blog/item/11604.html http:///blog/item/11604.html  神秘の国 クロアチアで開催される、イストリア100 参加ツアーが、2018年4月3日~9日初めて開催されました。 フィールズオンアースの走る添乗員、スタッフの久保が帯同した、今回のツアー旅行記をご案内いたします! 【イタリア・水の都ヴェネツィアへ到着】 クロアチアのイストリア半島は、クロアチア内でも西端に位置し、イタリアに近い場所にあります。 その為クロアチアの首都ザグレブから入るよりも、イタリアのヴェネツィアから入った方が距離、時間共に近くなります。 2018年のツアーでは、大会のご参加にフォーカスしたプログラムでのご案内となりましたが、1泊追加することでイタリア水の都「ヴェネツィア」を楽しむことも可能です。 世界遺産のドゥカーレ宮殿 4月は比較的、混雑も少ない時期で、気候も暑すぎずヴェネツィア観光には良い季節です。 それでも、お昼前後はサンマルコ寺院などは大変な行列が出来ていました。 【ヴェネツィアからクロアチアへ移動】 さて、ヴェネティア空港からは、ツアーの送迎車でクロアチアまで約2時間~3時間の車移動です。左手にイタリアのドロミテ山脈を眺めながら、アウトストラーダを進みます。イタリアからは最初に「スロベニア」に入ります。 そうです、このツアー実はたった1週間で3か国をまたぐツアーなのです。スロベニアに入ると景色は山がちになり、のどかな自然と集落の景色に変わります。スロベニアからクロアチアへ国境を超える際には、大抵の場合、陸路でのパスポートコントロールがあります。 陸路での国境越えが存在しない、われわれ日本人には新鮮な体験です。スロベニア警察が出国の審査を行い、すぐ50m先でクロアチア警察による入国審査があります。なので時間帯によってはかなり渋滞します。 【いよいよクロアチアに入国】 いよいよ目的地のクロアチアに入ります。右手にアドリア海を眺めながら、オリーブ畑の連なる丘陵地を抜けていくと、15分ほどでツアーのホテルに到着します。アドリア海に面した静かなリゾート地で、クロアチア最大のウルトラトレイル「イストリア100」のゴール地点であるUMAGの街です。 クロアチアは1990年代まで、民族紛争が絶えない、難しい歴史を重ねてきた国ですが、実際に降り立ってみるとその厳しい歴史を感じさせない、実に静かで平和な空気が流れています。 特に今回のツアーの舞台となる地域は人口密度も低く、オリーブ農園などに囲まれた小さな村や集落からなる地域で、交通量も少なく大変自然の美しい地域です。 丁度このイストリア100が開催される4月は、春の花々が咲き乱れ、丁度桜も開花していました。 イタリアからの移動もあり、そろそろお腹がすいてきたので、UMAG郊外のレストランへ。 【クロアチアの料理のおいしさに驚愕!】 せっかく初めての国クロアチアに来たので、旅の楽しみはやはりグルメ! そこでホテルから約10分ほど車で移動し、郊外の小さな集落にある一軒家のレストランへ入ります。 クロアチアでは、町の中心地にももちろんレストランはあるのですが、こうして町から少し離れた場所に一軒家のレストランが多数あります。 「Konoba(コノバ)」と名前につくクロアチアのレストラン、直訳すると「居酒屋」と訳されますが、庶民が日常的に訪れる「ブラッスリー」のような、敷居が低いながらも、大変おいしい料理を出してくれる店が多いとうわさには聞いていました。 街から離れた場所にこうした一軒家のレストランはありますので、現地に精通したドライバーがアクセスには必要になります。 やはりこうした隠れた名店に行けるのは少人数ツアーならではの特典です。 そして、このイストリア地方は世界三大珍味の「トリュフ」の名産地でも世界的に有名です。 特に白トリュフは世界でもイタリアとここクロアチアのイストリアでしか、世界に流通する量の白トリュフは取れないと言われており、大変貴重なトリュフの名産地です。 他に周りに商店の無い、静かな集落にポツンと明かりがともる風情のある一軒家のレストランに入ると、店の中心に大きな「暖炉」があります。 この大きな暖炉を中心に配置されたレストランが、クロアチアの「Konoba」独特のスタイルのようです。 確かにこうした大きな暖炉は、市街地の集合住宅では設置が難しく、なぜこうした郊外に一軒家としてお店を構えるのか、納得できる理由の一つです。 大きな暖炉で炭火で丁寧に焼かれるランプステーキ せっかくトリュフの名産地に来たのだから、やはりそれを食べないわけにはいきません! というわけで、待望のトリュフソースのランプステーキを注文します。 Konobaではこの暖炉でお肉や魚を焼く、専門の焼き方シェフがいます。炭で火力を絶妙に調整し、レア、ミディアム、ウェルダムを焼き分ける技術はまさに職人です。 待っている間に、ウェイターが「うちで焼いている自家製のパンがあるけどどうですか?」と勧めてくれたので、 早速注文。 少しして焼きたててとても暖かいいい香りのするパンが運ばれてきました。 「このパンにはイストリア産のオリーブオイルがよく合うよ、お皿に少し垂らしてパンにつけながら食べてみて」 とお勧めの食べ方を教えてくれました。 テーブルには3本も異なる種類のオリーブオイルのボトルがあり、その中で昨年のオリーブオイル世界コンテストで金賞を取ったというイストリア産のオリーブオイルを試します。 非常に鮮やかな透き通った明るい黄緑色で、まずその色の美しさに見とれてしまいます。 便からお皿に垂らしただけで、非常にさわやかなオリーブの香りが鼻を抜けていきます。 焼きたてほかほかの自家製パンとイストリア産の三種のオリーブオイル 鮮やかなグリーンのオリーブオイルを温かい焼きたてパンにつけて、ひとくち。。 「・・・!!!」 「なにこれ!!??」 口の中に一気に広がるさわやかなオリーブの香り! もっちもちの焼き立てパン! なんて美味しいんでしょう!! 今まで食べてきたオリーブオイルとは全く別のオイルのような、透き通った味です。 まだステーキも来ていないのに、もうパンを食べる手を止めることが出来ません。 一つ、また一つとオリーブオイルを付けたパンを口に運びます。 他のボトルのオイルも試してみます。どれも甲乙つけがたいおいしさ。 いずれのオイルも実に香り高く、実にさわやかな味わいで全く油という感じがしません。スプーンにすくって飲みたいくらいの良い香りです。 私は仕事柄、欧州各国はじめかなりの国々を回ってきました。パンの王国とも言われるフランスでも数々のパンを食してきました。 もちろんフランスのパンも大変おいしいのですが、クロアチアの小さな村のKonobaの焼き立てパンのおいしさは、全く引けを取りません。 フランスパンとは食感が異なりますが、もちもちした歯触りと、イストリア産のオリーブオイルに絶妙にマッチするおいしいパンです。 メインディッシュが届く前から、すっかり感動してしていた私の目の前に、待望のトリュフソースのランプステーキがやってきました!! 待望のイストリア黒トリュフたっぷりのランプステーキが!! 暖炉の炭火でじっくり焼き上げられたランプステーキにトリュフがこれでもか!と、たっぷりかかったクリームソース、トリュフの香りが広がります! もうその香りがたまらず、早速ナイフを入れます。 欧州でありがちな、なかなか気合の入った固めのステーキを想像していましたが、まるで日本の黒毛和牛のように、スッとナイフが入る柔らかさに驚きます。欧州の一般庶民向けのレストランではなかなか出会わない柔らかさです。 トリュフソースをたっぷり乗せて、待望の一口! 「・・・・・!!!!」 「・・・う、うまーいっ!!」 なんという絶妙な焼き加減! ほのかな炭の香ばしい香りとトリュフの濃厚な香りが受話っと広がる肉汁と共に口いっぱいに広がります。 ああ、なんて美味しいんでしょう!! 今まで数々のステーキをいただいてきましたが、正直トップクラスではないでしょうか! そしてソースとお肉の味のバランスが、もう最高に絶妙です。塩辛すぎず、スパイシーすぎず、お肉のうまみとトリュフの香りが最大限に生かされた味付けです。 猛烈に感動してしまいました。 クロアチア料理、おそるべし。 これまで食ならフレンチ、イタリアンとよく言われてきましたが、そこにがっつり割り込んでくるクロアチアン。 初めて入った田舎の小さなレストランで、いきなりこれほどのおいしい一皿に出会ってしまったことに、強烈な衝撃を受けました! もちろん、味覚には個人差がありますから、あくまで私の個人的な感想ではありますが、お世辞抜きに本当においしかったです。 また、クロアチアではお酒類、特にビールが安いことも隠れた名物です。 レストランのメニューを見ても、ミネラルウォーターやジュースと、ビールの値段は変わらないかむしろ安いくらいです。 ビール好きの方にはこれまたうれしいですね! トリュフにはビールもなかなか相性がよく、トリュフ風味のビールもイストリア名物です。 是非、イストリアに来たらトリュフ料理とクロアチアビールを楽しんでみてください。 【満腹になってホテルへ】 クロアチア料理の感動的なおいしさにすっかり満たされて、満腹になったらホテルでゆっくり休んで、長旅の疲れを癒します。 今回のツアーでは、アドリア海に面した4つ星ホテルをご案内しました。 さすがにこの時期の海水浴はかなりの根性を要しますが、海は大変きれいで、朝のシーサイドをジョギングしたりするには催行のシチュエーションです。 ホテルには大きな室内プールと、ジャグジー、サウナなどがあり、移動の疲れをいやしたり、大会後のリカバリーには最適なホテルでした。 まずは移動の初日を終えて、明日は100マイルレースの 中間エイドから後半~ゴールまでの視察オプショナルツアーです! ②へつづく・・・ Mon, 16 Apr 2018 00:00:00 +0900 グランレイド・レユニオン Diagonal des Fous スタッフ参戦記 愚か者への道 ⑤Maido~ゴールへ http:///blog/item/11579.html http:///blog/item/11579.html ラスボスと名高いMaidoの登りを超え、頂上のエイドはとにかく寒かった。 急いで準備し、歯をガタガタ言わせながらエイドアウトする。すると 「おい!ちょっと待ってくれ!俺と一緒に行こう!」そう声をかけて来たランナーがいた。 【ディアゴナルの相棒 ジョーとの出会い】 ジョーと言う速そうなランナー。 「ちょうどライトが消えそうで一緒に来てもらえるとありがたい! 」と伝えると、照らしてやるから一緒に行こう!と 共に下ることに。 次のエイドまでは13kmの下り。だがこのくだりは曲者だった。なんどもアップダウンを繰り返し全く降っていかない。私のライトはなんと5ルーメンまで光量が落ちてしまい、ジョーがいなければ瀕死の状態に陥った。しかし、そのジョーが眠気にやられ「あーねむい!やばい!ねちゃう!」と何度も減速。必死に「がんばれ!寝るな!ここで寝たら低体温で死ぬぞ!」と声を掛ける。 しばらくすると今度はジョーが「ダメだ!ウンコがしたい!」と言い出す。ジョー、頼むよ、俺は早く降りたいのにお前のお腹が降ってどうする。 仕方なくジョーの野糞を待つ。待つ間に数人に抜かれるが、ここまで照らしてくれたジョーを見捨てるわけにもいかず、彼の用が済むのを待つ。 レユニオンで軍隊に努める超おしゃべりな相棒ジョーのおかげで、後半はかなり良いペースで進めた ジョーのウンコが終わる頃、ちょうどもう一人来たので、ライトが消えそうで一緒に行って欲しいと頼む。 ブルターニュからきている選手で長身で速い。必死でついて行く。くだり足が死んで行くのがわかる。しかし、ここで離れるわけにはいかない。 いつライトが完全に消えるかわからない。 ジョーは新たな話し相手を見つけ眠気から復帰していた。3人で色々話しながら果てし無く終わらない下りを降り続けた。 長い、本当に長いくだりだった。レユニオンの真のラスボスは、このMaidoからSans Souciの超絶長い下りだと思う。 Maidoで出し切ってはだめだ。そう痛感した。 やっと、やっと街に入り 29時間20分 262位で127km Sans Souci のエイドに到着。 ジャラベールは30時間48分 291位で到着している。 【Sans Souci「心配ない」という名前の、何時着くか全くわからず心配になる124kmのエイド】 このSans Souci という町の意味は直訳すると「心配ない」と言う意味なのだが、行けども行けどもたどり着かず、誰しもが心配になりまくる真逆の街であった。 今まで無敵に感じた私の足は完全に終わりを告げ、崩壊していた。このエイドには名物のクレープと飲むヨーグルトがあり、クレープと飲むヨーグルトをいただく。美味しい!また整体師がおり、マッサージを受けることにする。 足を洗い、美しい女性マッサーがクッサい日本人のオッさんの足を揉んでくれるのは申し訳ない。 毛布に包まり、揉んでもらうとたちまち寝落ち。 15分で起こしてくれと伝え、眠りに落ちる。 スタッフに肩を揺すられ15分の眠りから目覚める。体が重い。しかし!ここにはソシスランティーユがあるらしい!! 嬉しくなって食堂へいき、大好きなランティーユソシスを頂く。相変わらず美味い!クレープと合わせて腹一杯だ。 残すは約42kmここからフルマラソンだ。体は満身創痍だが、完走は確実と感じていた。あとは不意の転倒や負傷に最大限の注意が必要だ。足にはマッサージオイルや汚れでもはやテーピングが着かず、テーピングなしの状態だ。 走り出しは足が痛すぎてやばかったが、ここでついにロキソニンにお世話になる。体が温まるとまたジョグできるようになり、平坦はしっかり走った。 ここからゴールまではもう低山しかない。急に村を抜けるローカルな草レースのようなコースになり妙な安心感。無数のニワトリの鳴き声とともに 夜が明けてきた。この辺りからロードに出たりトレイルに入ったりを繰り返す。施設エイドでおばあちゃんがコーヒーを振舞ってくれて心温まる。そのごサトウキビ畑の中を藪漕ぎするように抜けると、岩ゴロゴロの偉いテクニカルなジャングルセクションへ。走れる林道も多数あった。標高も下がり暑くなり再びノースリーブになる。 この区間もひたすらおしゃべりジョーと一緒に進む。彼のおかげでダレずに後半も距離を消化できた。 最後の大エイド la possesion は143kmぶりに海沿いの海抜ゼロメートルのエイドに 33時間55分 236位で到着。ジャラベールは35時間43分 297位。大会時は私はジャラベールからリードしているのかどうかは分からなかったが この辺りで勝てるのではないかと感じていた。 【フランソワデンヌが泣いたChemin de anglais 】 ここから最後の難所 Chemin de anglais と言う、昔イギリス占領時代に作られた火山岩の恐ろしく荒れ果てた日照りの石畳を登るセクションだ。 イギリス軍が作ったと言われる、真っ黒な火山岩の石畳、シュマン・デ・ザングレ ここは2015年に無敵の帝王フランソワデンヌが苦しさで泣いたと言う、伝説のセクションである。標高も斜度も大したことはないのだが、ここまでの厳しいエリアで消耗しきった体にはまったく日陰のない見渡す限り続く黒い石畳を進むのはメンタルに応える。 しかし私にはジョーと言うおしゃべりな相棒がおり、みるみる元気になるジョーに引き回されてガシガシこのセクションは攻めまくった。 151km Grand Chaloupe を35時間28分で通過。最後の最後の上りに入る。満身創痍だが着々と迫りゴールを感じ、どこか心地よい。動き続けた登り足もついに力つき、同志のジョーについて行けなくなる。最後の上りははるか向こうに見える白い水タンクまで登るとジョーが教えてくれた。めちゃくちゃ遠くに見える。でもとにかく進めばつく。足裏が痛い、足首も痛い。左足はまっすぐ伸ばせなくなった。でも、もうすぐゴールだ! しかしこの最後の上りは丹羽さんも大瀬さんも皆口々に曲者と言わせる嫌な上りだった。傾斜はきついが景色も日陰もなくいつまでも頂上につかない、何度もロードに出てはくだり、標高を下げてからまた登るいやらしい設定。 後から聞いたが昔は最後の山まで国定公園のMafateのようなトレイルだったらしいのだが、貴重な保護動物の鳥の繁殖地を通過していたらしく、現在のルートに苦肉の策で変更になったそうだ。 私は約37時間を15分の睡眠だけで乗り切って来たツケがついに回ってきた。眠気は大丈夫だったが、もう力が出ない。下り足は壊滅した。くだりは一歩一歩に激痛が走る。頂上に出ると突然天国のような広い広い芝生の広場に出で眼科に真っ青な海が広がっていた。 涼やかな風が吹き、体を冷やしてくれた。 「綺麗だなあ、天国ってこんな所だったら良いな」 そんなことを呟いた。そして、ついに最後の水エイドに到着する。あと5kmで、長い長い旅が終わる。 シロップ水を補給し、すぐにエイドアウト。疲れ切っていたが、ここで休むより早くゴールしたかった。 もうヨレヨレだった。最後の下りまで世界のグランレイドレウニオン は休ませてくれなかった。最後まで激烈テクニカルな危険な下りだった。 木につかまりながら、ウグッ!ウォッ!イタタ!と叫びながらヨタヨタ降った。 たった5kmなのになかなか着かなかった。 はるか前に抜かした数名にかるーく抜き返されたが、もうどうでも良かった。 【ついにやって来た Stade du Redoute】 一歩一歩ゴールへ進んだ。高速道路が見えてきて最後の計測を過ぎるとスタッフに 大会Tシャツ絶対着なさいよ!と注意される。 そうこのグランレイドレウニオン のルールでスタートとゴールは必ず大会から提供されるシャツを着なくてはならない。着ないからといってペナルティは?だが、着ないでゴールする選手はほぼ居ない。私は最後のドロップバックに入れ忘れてしまい、丹羽さんのサポートの田辺さんにもし渡せたらゴール前に下さい、とお願いしていた。高速の下をくぐり、ついにゴールのスタジアムが見えると 田辺さんが待っていてくれた。 「おーい!田辺さん!」と叫ぶと「わあ!はやい!すごい!」と迎えてくれた。ゴール直前で大会Tシャツに着替え、www.fields-on-earth.com のフラッグを貰い、St Denisの Stade La Redoute に入る。 最後のトラックに入った瞬間、一瞬泣きそうになる。でも、笑顔でゴールしなきゃと、飲み込んだ。 そして、丹羽さん、大瀬さんに迎えられて、ついについに 私のはじめての100マイルを完結した。 【165.69km 総獲得標高 9553m 38時間44分14】 【総合226位 マスター1カテゴリー 76位】 そして、一度は完全に諦めた私の密かな目標、ローラン ジャラベールへの挑戦。 ローランジャラベール 41時間28分06秒 310位。今までどんなに追いかけても、決して届く事のなかった憧れスーパースターを、この超絶に過酷なウルトラトレイルワールドシリーズという世界最高峰の大会で、ロードレースではありえない、165kmで9553mと言う過酷な舞台で、はじめて越えることができた。 私が胸の内で1年間温めていたミッションは、見事にコンプリートされたのだった。 出場が決まったのは大会の約1ヶ月前だったが、時間が短いなりに極めて集中して良い練習ができていたので、かすかな期待はしていたが、本当にそれを実現できて本当に嬉しかった。 やったこともないスポーツを全くのゼロから始め、今日ワールドツアーのグランレイドレウニオン で、私はローラン ジャラベールに約1時間30分の差を付けてゴールした。やれば出来る、やれると信じて頑張れば出来る、その事実だけは自分は達成した。そして、それは素晴らしい達成感に溢れている。 この大会を走れて本当に良かった。 ずっと自分の中に掛かっていた霧が晴れたような気分だ。たくさんの方々に支えられ、初めての100マイルの酸いも甘いも味わい、その難しさと奥深さを存分に楽しんだ。これは追求するべき楽しさだ。 スタート前、もしかすると100マイルは最初で最後のチャレンジになるかもしれないと思っていた。ズタボロになって、もう2度と出ないと思うかと恐れていた。 今、私は早く次の100マイルに出たくてしょうがない。100マイルの面白さに完全なハマってしまったようだ。 この素晴らしさを一人でも多くの方に体験してほしいと思う。その思いを忘れずに、www.fields-on-earth.com のツアーを企画していきたいと思う。 最後に、一緒に遠征してくれた丹羽選手、田辺さん、大瀬選手、大会情報を提供してくれた今回6位の Gay Anthony 選手、Frederic Ohanian さん、プライベートエイドで献身的にサポートしてくれた Raidersの皆さん Marcさん、大会主催者、ボランティアの皆さん、そして私をトレランの世界へ導いてくれて、初めてご一緒できた 鏑木選手に 心から感謝申し上げます。 そして応援メッセージのフラスクを作ってくれた娘と息子、お母さんに何よりも感謝しています。ありがとう。あれが無ければゴールできなかった。 まだまだ、私の挑戦は始まったばかり。もっともっと上を目指して頑張りたいと思います。 超長文 読んでくださった方、ありがとうございます! そして、次は皆さんもこのグランレイドレユニオン「ディアゴナルデフー」に挑戦してみませんか? 2018参加ツアーは既に催行決定! 残り枠が少なくなっておりますので、お早めにお問い合わせください。 Sat, 31 Mar 2018 00:00:00 +0900 グランレイド・レユニオン Diagonal des Fous スタッフ参戦記 愚か者への道 ④Marla~Maido http:///blog/item/11577.html http:///blog/item/11577.html 突然吹き出した鼻血に戸惑う私。内蔵トラブルの後は、今度は鼻血が。。。 不安になった。ドクターが血圧を見る。 「パーフェクト!」 ホッとした。と、同時に力が湧いてきた。 鼻血も無事に止まり、Marla のエイドで食べ物を物色。すると、このエイドにはレユニオン名物の「ソシス ランティーユ」というソーセージとレンズ豆のパスタがあり、ものすごく美味しそうな香りが漂っていたので、頂くことに。 CILAOSで体調を崩してから、まともな食事は初めて。おそる恐る口にして見る。 「…う、うまーい!!」思わず声に出た。 厚めの皮のソーセージを噛むと、ジュワッとスパイシーな肉汁が口に広がり、絶妙な塩加減。パスタとレンズ豆のソースも最高の相性で美味すぎる! 泣きそうなぐらい美味い。これならいくらでも食える! 夢中で絶品ソシス ランティーユを平らげ、エイドのスタッフに駆け寄る。 「うまいよ!これ美味すぎる!だからおかわり!大盛りで!」エイドのお姉さんが爆笑し、お代わりをくれた。 山盛りの二杯目もペロリと平らげた。みるみる力がみなぎってくるのがわかる。 幸せに満たされていた。美しいレユニオンの大自然と最高の地元料理。さっきまでの地獄の苦しみを忘れ楽しさが溢れていた。 絶対ゴール出来る。この Marlaのソシスランティーユが私にそう思わせてくれた。 ここから、私の快進撃が始まった。Marla72kmから先は Mafateと言われるレユニオン内で最も山深い過酷なアップダウンが繰り返すエリア。 車は入れず、エイドへの物資は全てヘリで運ばれるほど山深い。 何度も何度も急峻な山を越えては下り川を渡ってまた登り返す。体は劇的に動いた。 まるで山の精霊が体に宿ったかの様に体は軽く乳酸の痛みを全く感じなかった。 87kmのSentie Scoute 19時間05分 331位で到着。実に約200人この15kmで抜かす。 ジャラベールは17時間06分 190位で通過している。 Sentir Scoutであずけていた 「カレー飯」とカルピスオレンジを補給。カレー飯はウルトラトレイルの必携品に認定しても良いと思う。美味すぎる。 この神がかったランニングハイをできる限り長続きできるように、丁寧に丁寧に気持ち良さに任せて飛ばさず、ランニングハイを最大限節約して引き延ばすイメージで進み続ける。 登りではひたすら抜かし続けた。面白いようにひたすら抜いた。途中でCILAOSで吐きまくっていた時、すごく心配してくれたランナーに追いつくと、覚えていてくれて「おい!おまえ!復活したのか!何だ、全くフレッシュじゃないか!信じられない!さっきとは別人だな!めいいっぱい楽しめよ!」と、声を掛けてくれた。 「自分でも信じられないよ、Marlaのソシスランティーユが美味すぎて、そっから絶好調なんだ!」そう言葉を交わし、まるで鹿のようにサクサクを山道を走った。この辺りは近年稀に見る山の精霊降臨状態で、まるで自分がレユニオンの動物になったような最高のランだった。 次第にに回目の夜が近づき、夜がやって来た。いったい何回山を越えたかわからない、何だかミスコースして同じ山を何回も登っているような感覚になる。前を見るとはるか下にライトが光、後ろを見ると谷を挟んで谷底からさっき降って来た山の上までチラチラとライトが光っている。 はるか向こうにもチラチラと山の高いところに光が見える。疲れていたらその光に滅入っていたかもしれないが、今の私は登りが全く怖く無かった。無限に登れるような感覚だった。 ランニングハイをキープしたままついにラスボスと見ていた高低差1000mピークは2020mのMaido 麓のエイド Roche plate106km に23時間57分 315位で到着。 ジャラベールは23時間15分 225位で通過している。 私はこの時点でジャラベールとのタイム差も順位も分かっていなかった。だが感覚的に彼に迫っていることを感じていた。CILAOSで一度は諦めたスーパースターの背中が見えて来ていると感じていた。 そそり立つ壁のようなMaido、レユニオンの最難関だが、じつは本当のラスボスは。。。 このエイドには高低差1000mを手前に戦意喪失したランナーが多く横たわっていた。サバイバルブランケットに包まれた体がたくさん横たわっていて、食べ物を掴んだまま眠りそうなランナー、唇が紫で吐き気と格闘するランナーだらけだった。 私はまたソシスランティーユが食べたかったが、このエイドには無かった。さらに次に好きなPatate douce ふかし芋も無かった。これは計算外だった。 食べれる物がない。しかし最大の難所を越えるには食べなくてはならない。仕方なくパンケーキとパテの塗られたパンを食べた。頂上のエイドまでは4.5kmと言う。 しかし、めちゃくちゃきついぞ!との警告。 夜でかなり冷え込んで来ていて、あまり長く止まりたくなかったので、5分ほどでエイドアウトした。 この時 2日目の夜10時に突入。私はここまで一睡もしていない。短いエイドストップだったが体が冷えてしまい、震えがきた。早く温めるためにとにかく進んだ。 この時間からラスボスに登ることを敬遠したのか、ほとんどランナーの気配がなくなり何度もロストしたのではないかと不安になる。 実際一度コースミスし、ものすごい崖の行き止まりになり、元に戻る。 体のバランスが悪くなんども転びそうになる。 さらに容量十分だったはずのベッドライトが暗くなり始め、ウエストライトの光量も減少。なんてこった…。スペア電池を送るエイドを間違えてしまったのだ。すでに一度電池交換していたが、そのバッテリーの持ちがなぜか悪い。 視界が悪くなんどもつまづき始め、さっきまで無限に登れそうだった足がついに重くなる。 このMaidoの登りのために丁寧に節約して来たのだが、今一歩足りなかった。Maidoの登りは、これまでの登りを凌駕するキツさだった。腕を使わないと登れない急登が多数出現し、右側は漆黒の奈落の底、ものすごい崖でほぼ真下にかすかな灯りがちらつく。万が一眠気でふらついて落ちたら死ぬ。 前にも後ろにもランナーの気配がなくなり、私は目に見えぬジャラベールとのバトルを不思議と妄想していた。マイヨアポア着るスーパースターのジャラベールに食らいつき、ひたすらアタックをかけ攻め続ける自分をイメージしながら自分を鼓舞し続けた。俺があのスーパースターを超えられるチャンスはここしか無いんだ!足元にも及ばなかった自分が、彼を超えられる一生に一度のチャンスかもしれないんだ!そう繰り返した。 Maidoの登りは1900mあたりまで登ってからなかなか頂上にたどり着かなかった。ちょっと登っては下り、頂上にたどり着かせてくれない。 やっとの思いで頂上にたどり着くが、エイドはここから約20分だと言う。 頂上は寒く風が体温を奪った。今大会初めてゴアテックスジャケットを羽織る。足は走れなくなった。早足でエイドを探すがなかなか着かない。またゲップが出始め、内臓トラブルの予兆を示す。危ない。2度目は回避したい。エイドはまだか。 ふと空を見上げると、信じられないくらい眩しいオリオン座が見える。ふと、ベッドライトを消した。 「うわぁ!なんだこれは!」 見える全ての星が一等星のように眩しく光り、まるでプラネタリウムの中にいるように凄まじい星が見える。オリオン座がこれほどギラギラと光り輝く姿は初めて見た。なんて眩しいんだろう! レースの苦しさを忘れ見とれてしまう。 さあ、エイドへ急ごう。とにかくここは寒い。次のエイドも長く止まれない。ここからながい13kmの下りですぐに標高が下がらない。 やっとMaido tete dure 113km には26時間19分 263位で到着。 ジャラベールは27時間36分 290位で通過しており、つまりは私は最大の山岳、ロードレースで言うならば最後の超級山岳でジャラベールを抜かし引き離したのだ! ここまで最大2時間以上遅れていたが、ついにこの最大の難所 Maidoで、ジャラベールを抜いた!! エイドは寒く温かいスープと紅茶を補給。レインパンツを履いてグローブをした。 相変わらずソシスランティーユは無く、ガッカリしたが ふかし芋があったのでしっかり食べる。 みるみる体が冷え、早く進まなくては危険だ。 ・・・つづく Fri, 30 Mar 2018 00:00:00 +0900 イストリア100ウルトラトレイルの舞台、イストリア半島の石造りの村々 inクロアチア http:///blog/item/11575.html http:///blog/item/11575.html  クロアチア北部イストリア半島を舞台とするイストリア100マイルウルトラトレイルはUTMBポイント対象のウルトラトレイルワールドツアーの大会の一つでイストリア半島の風光明媚な自然と素朴で美しい村々を訪れながら走るトレイルランニングです。 この100マイルトレイル4コースあり、100マイルレースは半島南東部のLabin、110kmレースは美しい海に面した半島東部の付け根の町Lovran、69kmレース半島中央北よりの山岳の村Buzet、42kmレースはBuzetからさらに西よりのMotovunがそれぞれスタート地点となり、イストリア半島の小さな村落にあるエイドを経由しながら山々を越え、クロアチアの北西端、スロベニアとの国境からわずか10kmの町Umagへと至ります。 今回は100マイルトレイルの舞台でもあり、クロアチアでもまだあまり知られていないこのイストリア地方にスポットを当ててみたいと思います。 クロアチアというと中央部から南にかけてのアドリア海に面した沿岸部や島々のイメージが強いかもしれませんが、北部にも美しい自然の宝庫と魅力的な村々があることをごぞんじでしょうか? 地元の伝承によると、この素朴な石畳の細道の通るこれらの村の起源には「巨人伝説」が伝わっています。 古い伝承ではかつてイストリア半島には巨人たちが住んでおり、その中でも最も大きな巨人ドラゴニャが仲間の頼みに応じて鍬をふるって山から海まで畝を作ったところ海水が流れ込んでトレイルのコース上にも流れるミルナ川が出来ました。 再び彼が鍬をとって畝を作ると今度はスロベニアとの国境を流れるドラゴニャ川ができました。 もちろんドラゴニャ川は彼の名前に、ミルナ川は彼の奥さんに由来しています。 一方で他に町づくり精を出す巨人たちもいました。 巨人たちはそれぞれの丘の上に陣取って互いに必要なものを投げ渡しながら作りGrožnjan、Roč、Završje、motovun、SovinjakそしてVrhといった町が建設されました。 そしてそれぞれの町づくりが終わった後余った材料を集めてHumの町を作りました。 ただ余った材料は限られていたのでHumの村は非常に小さい町になりました。 そしてHumは人口20人前後で世界で最も小さい町としてギネス認定を受けています。 トレイルではこのHum、Motovun、Grožnjanといった素朴でチャーミングな町にエイドが設置されています。 前日のコース視察ツアーにご参加されるお客様はまずこのHumに見学後、イストリア名物トリュフの町として有名なBuzetでトリュフ店立ち寄りとブランデーカーブ見学、Motovunで昼食をとってGrožnjanまで行きます。 Humはすでに紹介した通り世界最小の町でイストリア独特の石造りの建築ですが巨人が造ったとは思えないほど小さく可愛らしいまちです。 Buzetはmotovun,paladiniとともにトリュフトライアングルという地域を作るほどトリュフで有名ですが、トリュフの生育に最適の気候と土壌条件がそろっているイストリアならではの名産品と言えるでしょう。またイストリアではブドウから作られ様々なハーブでフレーバーをミックスさせたブランデーも人気の特産品でこのカーブも訪問いたします。 Motovunももちろんトリュフで大変有名ですが、この町はかつての古都で中世の街並みが美しい、丘の上に立つ町です。 中央の教会の塔を中心に城壁が取り囲み、周囲はトリュフが生育するMotovunの森が広がっています。 ここでもまたヴェリ・ヨジェという心優しい巨人の伝説が伝わっており、町を歩けばイストリアの石造り建築の中にも中世の古都らしい品のある建築をも発見できるでしょう。 最後にゴール20km手前のエイドGrožnjanへ行きます。 この町もやはり巨人によってつくられた人口100人に満たない小さな町ですが、この町には40を超えるギャラリーがあり芸術家たちを魅了するアートの村です。 他のイストリアの村々と同様にイタリアの影響を受けた建築ですが、この町のそこかしこにどこかアーティスティックなスパイスが加えられているのを見つけられるのではないでしょうか? クロアチアの風光明媚な自然の宝庫と素朴でチャーミングな石造りの町並みで構成されたイストリア100レースでは大自然の景色を楽しみつつも次の町が一体どんな町なのかという期待がランナーの足を前へと運んでくれるに違いありません。 またレース以外にもコース視察ツアー、中世の旧市街を持つ港町ロヴィニへ行きヨットクルーズやイタリア文化が色濃く残る国境近くの港町Umagのセグウェイツアーなどアクティビティを楽しむこともお忘れなく。 Thu, 29 Mar 2018 12:40:11 +0900 ツールドフランス:第21ステージ パリ、シャンゼリゼ通りVIP席観戦 http:///blog/item/11567.html http:///blog/item/11567.html 「世界最大の自転車レース」ツールドフランスの季節が徐々に近づいてきました。 まだ夏のご旅行先に悩んでいる方は思い切ってツールドフランス観戦ツアーに参加してみるのはいかがでしょうか? 既にツールを何度もご覧いただいている方でも初めての方でも安心して観戦を楽しんでいただけます。 今回はツールドフランスの最終ステージ、パリのシャンゼリゼ大通りのVIP席での観戦ツアーについてご紹介させて頂きたいと思います。 この「花の都」パリでフランス各地20ステージを駆け抜けてきたチームがついにゴールを迎えます。 そしてそのゴール地点がシャンゼリゼ大通りとなっており、毎年その瞬間を一目見ようと世界中から多くのツールファンが殺到します。 一般観覧席は徐々に人で埋め尽くされ、ゆっくりしていると背の高いヨーロッパ人たちの後頭部しか見えなくなってしまいます。 シャンゼリゼ大通り沿いのゴール付近は大部分がVIP観覧席専用のひな壇が設置され一般観覧者は立ち入ることができません。 弊社ではこのVIP観覧席を確保しており、ツアー枠として先着10名様限定とさせていただいております。 パリの酷暑の中、何時間も前から一般観覧席で立ったまま待つことがないどころかフリードリンク(アルコールもあり)も付いており、ゆったりと着席してキャラバン隊の通過から選手たちが目の前を何度も通り過ぎるのを観覧ができます。 屋根もついていますので天気の変わりやすいパリでたとえ雨が降っても濡れる心配はありません。 そして巨大スクリーンが目の前に設置されていますので選手たちの動向を逐一追うことができます。 さらにはツール限定のオフィシャルギフトのプレゼントまでついてきます。 選手たちがゴールした後は選手たちを間近で見に行ってみましょう。 そしてマイヨ・ジョーヌを勝ち取った選手の表彰式もお見逃しなく。 ご宿泊頂くホテルはパリ中心地の4つ星ホテルで観戦場所まで徒歩5~10分の好立地で観戦に向かうにも観戦後に戻るにも最適です。 19世紀のオースマン建築の均整のとれた建物が立ち並び、周辺には高級ブティックが店を構える治安のよい区域でレストランたくさんございますので食事場所にも困りません。 周辺にはナポレオンの構想によって建てられたマドレーヌ寺院がすぐ近くにあり、他にも建築家ガルニエによって設計されたオペラ座、革命の舞台となったコンコルド広場、エッフェル塔を望むセーヌ河畔、フランス大統領の住むエリゼ宮、100年以上の歴史を誇るアールヌーヴォー建築と内部の美しい装飾が必見のパリの二大デパートパリ・プランタンとラファイエットなど多くの見どころが徒歩10分圏内にあるのでパリ散策の起点としても非常に便利です。 夜はエッフェル塔やオペラ座などパリの名所はライトアップもされるため、夜中に夜景を見に散策するのもいいのではないでしょうか。 また弊社ではツール観戦の前日または翌日の限られた自由時間を有効に使って頂くために様々なパリのガイド付きサイクリングツアーをご用意しております。 名実ともに世界一の観光地でもあるパリは見どころのデパートと言えるほど必見の場所がたくさんございます。 主にセーヌ川の両河岸に見どころが集中しているとはいえ徒歩で散策していてはあっという間に時間が無くなってしまいますし、公共交通機関を利用しても慣れていないと地下鉄もバスもどの線に乗っていいのか右往左往してまうでしょうし、パリのタクシーは高額で捕まえるのも難しいです。 各観光ポイントが近すぎず遠すぎない場所にあるパリで一番便利な交通手段はおそらく自転車になるでしょうし、せっかくの素晴らしいパリの景色を地下鉄で飛ばしていくのはもったいない気もしますね。 パリサイクリングツアーではパリをよく知るフランス人英語ガイドが見どころから穴場まで無駄のないルートを通り、各ポイントで丁寧な案内をしていきます。 またツールドフランスが実際に走ったコースの一部を走ることもできますので是非選手たちの気分になってパリを走ってみてください。 サイクリングツアーの詳細に関しましては以下をご覧ください。 毎週水,木,金(日) パリのセーヌ川沿いサイクリング 3時間コース、現地ガイド付 毎週 火,金,土曜 14:30発 《永遠のパリ》歴史探訪サイクリング 3時間コース、現地ガイド付 毎週 木,(金),日曜 9:30発 パリのグルメを巡るサイクリング 4時間コース、現地ガイド付 毎週 木、土、日曜発 電動自転車でパリのお洒落地区から歴史地区まで楽々サイクリング!4時間コース 現地ガイド付 Wed, 28 Mar 2018 11:31:18 +0900 グランレイド・レユニオン Diagonal des Fous スタッフ参戦記 愚か者への道③ Cilaos~Marla http:///blog/item/11550.html http:///blog/item/11550.html  グランレイド・レユニオン Diagonal des Fous スタッフ参戦記 愚か者への道③ Cilaos~Marla 【初100マイルをディアゴナルデフーと決めた理由】 私が 私の人生の最初の100マイルレースを Diagonale des Fous に決めたのには理由がある。もちろん UTMBが外れてしまった事もその理由の一つだったが、昨年の今日 密かに初めて走る100マイルは Diagonale des fousと決めていた。 私は6年前の34歳まで自転車ロードレース一色の人生だった。24歳まで競技に打ち込み、自転車ロードレースの最高峰 ツールドフランスに参加し活躍することを夢見てフランスのクラブチームで必死にその夢を追いかけた。だが現実は厳しく、私はロードレース選手としては本場欧州のレースでは歯が立たず、ツールドフランスなど夢のまた夢、指先にも掛からぬまま挫折したのだった。 その頃、私が憧れていた世界でまるで神のごとく活躍していた選手がいた。 「ローラン ジャラベール」選手。 自転車ロードレース界のスーパースター、元世界チャンピオンのローランジャラベール(右)氏と二コラ・ジャラベール氏 グランレイドレユニオン2016  私がスタートラインにさえ遠く及ばなかったツールドフランスで、若い頃はエーススプリンターとして、数々のステージ優勝を飾り、スプリント総合のマイヨ・ベールを獲得、その後スプリンターとしては異例の成長を見せ、山岳でも活躍を始め数々のクラシックレースを制覇、往年にはスプリンター上がりの選手が着ることはあり得ない 山岳賞総合のマイヨアポアを獲得し、山岳最難関ステージを優勝、ワールドランキングで5回 年間最優秀選手となるなど、それまでの常識を覆すまさにフランスのスーパースターだったのが、ローラン ジャラベール氏だ。 引退後はすぐにツールをはじめとするビックレースのテレビ解説者やレポーターとして活躍し、タレントとしてクイズ番組や歌番組のゲストなどにも出演し、まさに国民的スター選手だった。 さらに彼はロードレース フランス代表チームの監督に就任し、フランスチームから数々の世界チャンプを輩出、特にユースの成長は著しく、弱体化しかけていたフランスロードレース界の救世主としても大活躍した。 私には何一つ彼に勝るものはなく、何一つ同じ舞台に立つこともない程に、天と地の差のある神がかった存在だった。 どんなに追いかけても、背中すら見えない、彼にとっては私の存在など知るすべもない別世界の人間だった。 しかし、私は何度か彼と直接接する機会があった。私が選手を挫折し、右往左往色々自転車ロードレース関連の仕事をしていた時、ツールドフランスの記者として彼にインタビューをした事がある。マネージャーにアポを取り、大観衆のサイン攻めをなんとかこなし、「5分だけだよ」と釘を刺されてのインタビューだった。 それから2.3回 ツールドフランスの取材を記者として出かける度に一回か二回彼にインタビューをさせて貰った。真摯で物凄い多忙ななかでも、きちんと質問に答えてくれて感銘を受けた。 でもそれはロードレース界のレジェンドである彼を取り巻く何百人の記者のうちの一人であり、相変わらず彼は雲の上のそのまた上の天界に居るような存在のままであった。 しかし、そんな神のローラン ジャラベールは、私とほぼ同じ時期にランを始めたことを知った。 初フルマラソンは2時間58分代で走ったことを知り、私は初フルマラソンを2時間54分で走った。 私はこの瞬間初めて、ありとあらゆるジャンルで神がかっていた世界のトップアスリートのローランジャラベールに肩を並べる事が初めて出来た。 これには胸がときめいた。 しかし、流石は世界のトップを極めたローランは、すぐにこの記録を更新。なんと2時間45分という驚異的タイム更新をする。 私は2度目のフルマラソンを2時間56分代とタイムを落とし、再び彼の背中を見失った。 ロードレース界のスターとして世界の最先端トレーニング技術を駆使し、あらゆる地形のレースで成功を納めたスターは、引退後もやり始めたらそのポテンシャルは凄かった。 さらに彼にはニコラという、こちらもトッププロとして活躍した兄弟がおり、かれもツールで活躍したスターだった。ローランまでの大活躍は無いが、それでもツールに複数回出場したトップアスリートだ。 そして、その二人が去年2016の今日 「Diagonale des fous」に二人揃って初めての100マイルレースとして参加したのだ。 ジャラベール兄弟は大きなランの大会に出るときは必ずそれなりのトレーニング、準備をしてきている事はメディアなどから知っていた。 そして、2016年にフルマラソン2時間45分を記録している事から、かなり狙ってきていたと思われる。 ローランのDiagonaleの通過タイムを見ると 最初のチェックポイント Domain vichot を135位 1時間35分で通過。これは相当にペースが速く、私は今回同じポイントを419位で通過している。 ジャラベールはその後も190番代をキープしながら後半まで200位前後を行き来するが終盤減速し、最後st denis に 「41時間28分6秒 310位」 で 兄弟のニコラ と共にゴールしていた。 私はこのロードレース界のスーパースター、ローラン ジャラベールの昨年の記録 「41時間28分6秒 310位」 を越えることが、胸の内に秘めた最大の目標だった。 フルマラソン 2時間45分の持ちタイム、自転車ロードレース元世界チャンピオンへの挑戦、それこそが私の秘めたる最大のミッションだった。 【追いつけないローランジャラベールの背中】 しかし、65km地点のCILAOS手前の非常に急なテクニカルなくだりで、突然体調が悪化、吹き出すように激しく嘔吐が始まる。まるで胃が口から飛び出るような苦しみが続き、進むことができなくなった。5分止まりゆっくり歩いて5段降りるとまた吐いた。もはや何も出ず、ただ胃液が出るだけであまりの苦しさに吐くと同時に涙がボロボロ溢れた。あまりの状態に抜かして行く選手のほとんどに 「大丈夫か?助けを呼ぶか?」と声を掛けられた。足は元気だったから「大丈夫、少し休めば行ける」と答えていたが、今までのラン人生で経験のない苦しさだった。 「こんな所で終われない」息子と娘が「 頑張れ!」とメッセージを書いてくれたフラスクを縋るように握りしめて、よろよろと進んだ。上腕二頭筋がビクビクと痙攣を続け、両手がビリビリと痺れ激しく目眩がしていた。 明らかにハンガーノックと脱水の症状で、エネルギーと水分を胃に入れない限り進めない。 無理やりジェルを飲むと3分後に吐いた。次のエイドまで3kmなのに1時間半以上の時間がかかった。 フラッフラでなんとか水エイドにたどり着き日陰の芝生に倒れ込んだ。スタッフが駆け寄って来て、なにかいるか?と聞いてくれたのでフラスクにコーラを満たしてもらった。 コーラはなんとか飲むことができた。 とにかくコーラの糖分と水分で体を回復しなくてはならない。 このエイドには約20分止まった。 なんとか歩けるようになり4.4km先のCILAOSエイドを目指す。 完全にグロッキーになった76km地点 CILAOSエイドには温かい食べ物やドロップバックがあり、マッサージやドクターもいる、とにかくCILAOSで立て直そう、なんとか食べれる様にさえなれば、歩き倒してもゴール出来るはず。そう信じて進んだ。 でも、もうジャラベールには勝てない…。一つの目標は諦めざる終えなかった。やっぱり、自分は永遠にジャラベールには追い付けない。叶わないんだ。ここでは、そう思っていたことを思い出す。 CILAOSには計画したタイムを大幅に遅れて到着した。ジャラベールは昨年11時間25分で到着。私は 12時間11分で辿り着いた。 即座にドクターエリアに行き胃薬をもらい、ベッドに横たわり、マッサージしてもらった。 「1時間ストップしても良いからここで立て直す」その事に集中した。 グランレイドレユニオンの核心はここから始まる76kmCilaos(シラオ) のエイド(写真内グラウンドがエイド) 何回も何回も息子と娘が応援のメッセージを書いてくれたフラスクを見つめ、折れそうな心を食い止めた。 炭酸水とドロップバックにいれた カルピスオレンジは美味しく飲めた。 ジェルは一切体が受け付けなかった。 エイドスタッフ皆さんが本当に親切で、みんなで食べ物を持って来てくれたり、助けてくれた。 CILAOSは快晴で暑かった。水のシャワーを全身に浴びてさっぱりする。ドロップバックにいれた赤いきつね を食べることができ、ふかし芋もなるべく食べた。経口補水液ものみ、栄養ドリンクを2本飲んだ。 エイドの街は真っ青な空とヤシの木やカラフルな建物、日本には居ない綺麗な色の小鳥が飛んで居て楽園の様だった。 「楽しもう、大会を最大限楽しもう」体は苦しくて仕方なかったが、必死にそう繰り返し言い聞かせた。切り立ったレユニオン独特の山々はアルプスやピレネーとも異なる独特の景色を生み出して居た。たくさんの滝が流れ南国の植物が茂っていた。 この後 前半最大の難所 Col du Taibitが待ち構えている。日陰がほとんどなく暑さに苦しむと言われている峠だ。 このエイドで十分に水分補給し、フラスクも満タンにした。ドクターも顔色がだいぶ回復した、と言ってくれた。隣にいたランナーもエイドインして来た時、血色がヤバかった、と言っていた。 まだ全く走れる状態ではなかったが次のエイドまでは行ける状態になったので歩いて行くことにした。 献身的にお世話してくれたみなさんにお礼を言い、エイドアウト。テクテクと歩いて進む。次々に足取りの軽い選手たちに抜かされたが、気にしなかった。「ゴールだけは絶対にする。」その気持ちだけは変わらなかった。 【100マイルで必ずやってくる地獄タイムを乗り越えろ】 なるべく景色を見る様にした。本当に美しかった。真っ赤な頭の小鳥、トサカの様な頭の鳥、たくさんのパパイヤやヤシの木、そしてたくさんの応援。噛みしめる様に楽しんだ。 体は全然動かなかったが、制限時間まではまだまだ余裕があった。 「楽しめ、楽しむんだ。景色や雰囲気、一生に何回も出られる大会ではない。この大会をかみしめて楽しもう」 頭の中で繰り返した。 Cilaosを出ると、比較的近くにPied Taibitの簡易エイドがある。ここには前半飛ばしてきてかけたランナーが大量に待ち構える、最初の難所 Col du Taibit(コル・ドゥ・タイビ)の上りに入る。 72km登り口Pied Taibitのチェックポイントは609位 14時間55分で通過。ちなみにジャラベールは 12時間48分205位 で昨年通過している。実に2時間のタイム差をつけられていた。 この登りで約800m標高を上げる。内臓がやられただけで足のダメージはほとんど無かったので、淡々と歩いていたが、一人また一人と抜き始めた。たぶんこのCol du Taibitだけで30人以上抜かしたかも知れない。暑い暑いと言われていたが、神様も私に味方し、最も暑くなるはず頂上付近はちょうど雲が太陽を隠し、涼しく快適に進めた。 Col du Taibitを超えるとかなり涼しく緩やかな下りが続いた。徐々に走れるようになってきた。 78kmのMarla のエイドに着いた。16時間47分 523位。70位近く挽回した。 ゼッケンチェックをする。と、鼻から生暖かいものが。手で触ると大量の鼻血が流れ出ていた。あっという間に手が血まみれになり、私自身その量に 「これは、ちょっとまずい」 と感じた。   すぐさま救護所へ移動し綿をつめた。手は真っ赤。全く鼻には触れていなかったので、不安になった。すぐに血圧を測る。ここで異常が出たらドクターストップになってしまうかもしれない。 …つづく Thu, 22 Mar 2018 15:27:12 +0900 グランレイドレユニオン ディアゴナルデフー スタッフ参戦記 愚か者への道 ②スタート~Cilaos http:///blog/item/11541.html http:///blog/item/11541.html  グランレイドレユニオン ディアゴナルデフー スタッフ参戦記 愚か者への道 ②スタート~Cilaos スタート地点のSaint Pierreから約40kmはひたすら上り基調のコースとなる。 大観衆の応援がすさまじい海沿いの平坦をしばらく進むと、徐々に山に向かってロードの峠を登り始める。 最初のチェックポイントのBassin Plat7kmまではほぼロードで、ここから林道的なトレイルに入り始める。 走るか歩くか迷う感じの緩斜面。レユニオンの選手や欧米選手は息を切らせて前を急ぐが、ここでつられてはいけない。 私も今までに経験ないほどに抑えて進んでいたが、女子トップランナーの丹羽さんに追いついてしまう。 その時点で私にとってはオーバーペースという事。 最終的に丹羽さんは総合でも60位台でゴールしているため、この時点で約220位前後、つまり丹羽さんより前にいた約160名の男子選手はオーバーペースだったことになる。 ディアゴナルデフーは参加者が約2600名いるため、前半は特にランナーの隊列が途切れることなく続いている。 その為、どうしてもオーバーペースになりがち。 特に欧米のランナーや、地元レユニオンのランナーは前半突っ込むので、女性ランナーをペースメーカーにした方が賢明だ。 男性ランナーは闘争心が強すぎて、ペースメーカーに後ろにつくと振り切ろうとペースを上げてきたり、共倒れするリスクが高い。 25km地点のNotre dame de la Paix手前は緩やかに見えるが実は非常に細かいのこぎりの歯のようなアップダウンが続き、日本の里山トレイルのようなルート。木の根っこや半分やぶ漕ぎのような細い土のトレイルが続き、一定のリズムで走りづらくアベレージスピードは上がらない。 もし雨天の場合は相当ズルズルのスリッピーなどロトレイル必至なので、転倒などにも注意したい。 【レユニオンは日本同様にストック使用禁止】 レユニオンのレースは日本同様に非常に脆弱な土のトレイルの為、ストックの使用が全面的に禁止されている。 100マイルレースでのストック無しは、かなりの不安要素ではあるが、実際走ってみて非常に納得する。 プロフィールには表れない非常に細かいアップダウンと細いシングルトラックが多く、ストックは返って扱いづらい印象を受けた。 しかし、2本足か4本足かで後半の疲労度は大きく異なるので、レユニオン対策にはストック無しでのトレーニングが必需だろう。 【処理に困ってしまう着用義務の大会Tシャツ】 レユニオンではスタート時とゴール時に大会参加賞のTシャツの着用が義務付けられている。大会スポンサーの為にそうなっているのだが、この処理が意外と厄介である。 レユニオンは低地では気温が高く暑いため、自分のウェアの上に大会Tシャツを着なくてはいけないのだが、これがなかなか熱い。 トップ選手はスタートから数㎞で脱いで観客にプレゼントしたり、サポートスタッフに渡したりできるが、一般ランナーの多くは76kmのCilaosまで真面目に着ていく選手も多い。  スタート後20~45kmのエリアは非常に冷え込むので、そのまま着ていくのも問題ないが、最初の5kmで汗びっしょりになってしまうので、汗冷えには気を付けたい。 Cilaos以降はかなり暑くなるので、Cilaosのドロップバックに預けるのも手だが、その場合は126km地点のSans Souciの2個目のドロップバックには絶対に2枚目のTシャツを入れる必要がある。 ゴールで着用していないとペナルティタイムが加算されると言われているので、気を付けたい。 というか着ないでゴールする選手はほぼ見受けられなかった。 【現地有志の私設エイドを利用】 私は今回、レユニオンの友人に紹介していただいた、軍隊と警察のボランティアが行う私設エイド5か所のサポートを使わせてもらった。 これは非常に助かった。 私設エイドは51kmのMare a Boue, 76km Cilaos, 90kmSentier Scout,126km Sans Souci, 146km Possesionに設置されており、各所に簡易ベットや看護師、整体師などがスタンバイし、温かいスープやフルーツ、いろいろな補給食を用意してくれており非常に手厚いサポートを受けることが出来た。 これは現地に知り合いなどサポートしてくれる人がいないランナーにとっては本当に支えになった。 2018年のフィールズオンアースのツアーでは、先着10名様にこの現地私設エイド5か所のサポートをご案内予定。 はるばる遠くから参加して過酷なレースを完走するには非常に心強いさサポートとなるだろう。 私は76kmのCilaosで急激な対象不良に陥り、リタイヤ寸前まで追い込まれたのだが、ここで看病してくれたドクターのおかげで大復活し、完走できた。 本当に感謝してもしきれない。 【突然やってきた前半の体調不良】 私は51kmのMare a Boueのエイドまでは非常に順調だった。足の疲労感も少なく、計画通りに進んでいた。Mare a Boueでは緑のたぬきそばを食べ、温かい紅茶を飲んだり、塩分の補給とハンガーノックにならないように結構しっかり補給したように記憶している。 計画より30分ぐらい早く進んでおり、後半を考えて15分ぐらいはゆっくり補給した。 エイドの出口に仮設トイレが用意されていたので、焦らずゆっくりトイレも済ませた。 スタートするころに夜が明け初め周囲が明るくなってきた。ここは非常に冷え込むと言われていたが、今年は例年に比べかなり暖かかった。 アームウォーマーだけで大丈夫そうだったので、その装備で進み始めた。ここからはあまり大きな高低差はないもののひたすら細かいアップダウンと大きな岩がごろごろしていて走れそうで走れないセクションが続く。 岩がないところは丸太が敷き詰められた木道になっているのだが、これがまた走りづらい。 雨天で泥沼になってしまうところに丸太を敷き詰めて泥沼化を回避できるように作られたものだと思われるが、今日のようにドライな日には木道は返ってかなり走りづらい。日本の木道のように平らにされた板ではなく、切りっぱなしの丸太なので、一本一本いびつな形でぼこぼこなのだ。 日が昇るとどんどん熱くなり、気温が上昇した。体も良く動き、どんどん抜かし始めた。しかしそれが良くなかった。 65kmくらいで急に体が動かなくなりはじめ、ペースを落とす。手がしびれてきてハンガーノックの気配が出てくる。まずい。 こんなに早く、グロッキーになるなんて完全に想定外。体調は急激に悪化し、コース路肩に座り込んだ。 気持ち悪い。急に吐き気が催し、早くもジェルが食べれなくなってしまった。ちょっと歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返す。 次のエイドはCilaos 76km。あともう少し行けば下るだけなはず。何とか進み、Cilaosへの約4kmの下りに入った。 一歩二歩三歩、急な階段を下ると、突然吐いた。 しばらくしゃがみ込み、また数歩進むとまた吐いた。手がびりびりしびれ、頭がくらくらして歩くこともままならない。 やばい、どうしよう。リタイヤが頭をよぎる。 このたった3kmの下りに約1時間半の時間がかかった。急な下りを下りきったところにある小エイドMare a Josephで私は倒れこんでしばらく動けなかった。コーラだけを倒れたままちびちび飲んで何とか糖分と水分を補給した。 Mare a JosephからCilaosはロードの下り貴重でたった4.4kmだった。でもなかなか進めなかった。ここで立て直さなければ完走は不可能だ。 約20分このエイドで止まり、約200人に抜かされ、トボトボと歩いてCilaosを目指した。 気温がぐんぐん上昇し快晴の青空が広がり、この先の極暑を予感させる天気になっていた。 Cilaosのエイドの手前ではジャンベのリズムで激しく踊るレユニオンの女性がダンスで歓迎してくれたが、ボロボログロッキーの自分にとっては、ちょっとほっておいてほしい感じだったが、作り笑顔で感謝しつつやっとの思いでエイドインした。 ドロップバックで必要なものを回収し、いらないものを預けた。すでに非常に暑く不要な防寒着はドロップバックに預け軽量化した。 ジェルはすでにほとんど食べられなさそうだったので、ジェルもドロップバックへ戻した。 献身的にサポートしてくれる私設エイドに転がり込み、ドクターがいらしたので状態を説明し、胃薬をもらい飲んだ。 もうここでしっかり回復するまで休もう。そう決めていた。すでにかなり暑く、水のシャワーを全身で浴びてすっきりする。胃の調子が悪くトイレに駆け込み用を足す。なかなか食べれるようにならず、きつねうどんにお湯を入れてもらい、ちょっとずつすする。 救護所の簡易ベットで1時間以上横になって休んだ。 完走できるのだろうか。。  レユニオン出発前に息子がフラスクに書いてくれた「パパがんばれ」の文字をじっと見つめながら、回復を待つ辛い時間だった。果たしてこの先どうなるだろう。。。。 …つづく Wed, 21 Mar 2018 00:00:00 +0900